信濃路の旅⑤ 善光寺

善光寺は大きなお寺である。長い参道の両側に多くの末寺を兼ねた宿坊がある。パンフレットで数えると○○坊と名乗るのが14坊、それに△△院と名乗る末寺が25もある。坊は浄土宗、院は天台宗の寺とも書いてある。
宿坊の入口に、茨城県那珂湊市の講中の人々の団体や神奈川県の団体が泊まっている案内が出ていた。寺内にも宿坊の人が案内していると思われる団体がいた。この団体を引率している人の案内は慣れており、聞いていると「なるほど」と感心する。

事前の観光案内を読まずに行ったので、「お戒壇めぐり」なるものを知らずに出向く。本堂に入って内陣廻りの入場券を買うと、流れでお戒壇めぐりとして、階段を降りることになる。中は真っ暗であり、何も見えない。私達夫婦だけであり、怖かった。暗闇の中、右手を壁につけて、そろそろと進む。途中、柱があり、金属のものに触れるが、真っ暗で何が何だかわからないまま、出口の階段にたどりつく。触れた金属のものが極楽の錠前とのことだ。
おもしろい趣向だと思う。我々が入ってすぐに、受付時間が終了する。なんとか極楽の錠前に触れたというわけだ。

私は京都生まれで、5歳まで過ごし、以降も親戚がいるから何度も京都に帰り、そこの寺社仏閣を観ているから、東国の寺の大きさには驚きはない。
しかし、京都や奈良の寺社の規模の大きさは国家が関与だが、東国の寺社は寺社なりの工夫があり、その意味で偉いと思う。

善光寺のマーケティングの巧みさと書くと、信心の薄さを指摘されると思うが、私は評価しているのである。
気の付いた点を記してみたい。

<その1:秘仏><その2:7年に一度のご開帳>
ご本尊は秘仏で公開されない。7年に一度、ご本尊では無い前立本尊のご開帳があるという。秘するほどありがたみが増すのだ。そして7年に一度ということで参拝のありがたみも増すし、参拝の為に貯蓄して仕事に励むことになるのだ。

<その3:宗派を問わず>
そして、善光寺の秘仏は欽明天皇の時代に百済から渡来した日本最古の仏像とのことだ。だから宗派に分かれる前の仏様ということで、宗派を超えて、すべての人々を受け入れていただけるというわけだ。
高野山も、宗派に拘らずという寺だったが、大きいお寺はそれなりに工夫されている。

<その4:出開帳による集客>
江戸時代には江戸で出開帳を行ったり、善光寺聖(御師のような役割)が勧進したりして、庶民に参詣を勧めたようである。そういう流れで、私ども夫婦も「善光寺参り」に来たわけだ。

<その5:参拝に来た人を楽しませ、感動する工夫>
前述した暗闇の中の御戒壇めぐりで「極楽の錠前」に触れる工夫がある。山門に掲げてある「善光寺」の扁額は、鳩が5羽が確かに見える。そして善の字は牛のように見えるというが、確かにそうであった。
また内陣には仏像が載っていない台座があり、それはあなたがたが極楽で座るものだなどの説明があり、参拝客に期待を持たせる。
宿坊には泊まらなかったが、前述した案内人の説明のような楽しい話を聞けて、ここでの食事なども美味しいのだろう。

<その6:物語性の付与>
成田山新勝寺は市川團十郎が跡継ぎを得たとの話と市川家代々の信心が有名だが、善光寺には「牛に引かれて善光寺参り」の話や、境内にある吉原の高尾太夫の灯籠などが伝わっている。

本堂は大きな建物である。宝永4年に再建されたものだが、国宝である。間口24メートル、高さ30メートル、奥行き54メートルと説明にある。
巨刹だけに門前の商店も多く、賑わっている。東国では浅草寺、成田山新勝寺、柴又帝釈天などと同様である。

牛の大きな銅像があり、六地蔵の像があり、何となく京都の北野天満宮と似ていると感じた。

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この記事へのコメント

まあちゃん
2017年06月20日 20:38
信濃の善光寺は、では江戸時代の伊勢参りの集客と殆どおなじようなシステムで現代も回転しているわけですね。時代を超越しているというか、神社・仏閣にすがる人の思いはそう簡単に変わらないという好事例かも。
暗闇の堂のなかを手探りで進む体験は、今の小学生なら四年生ぐらいの時に総合学習の時間に『ブラインド・ウォーク』というのをやっており、アイマスクを付けて学校の階段などを友達に手引きされて下っていく其の恐ろしさを実感しているようです。強烈なインパクトとして記憶に残るそうですが、正直、目的がよく分かりません。
見える事の幸せを感じさせようとしているのか?
盲学校に奉職した経験のある旧友のブログを拝見しますと、勤め初めに彼はは盲学校から市内近所のコンビニまで独りきりで行かされたりしたそうな、つまり全盲状態にしてです。結果はどうあれ、これは相当難しいチャレンジだったろうと思えます。
今、新規に物を買うよりも、体験型の施設に行きたがるお客のニーズに応える娯楽施設が流行って行きそうな気配だそうです。
善光寺は、得難い体験と有力なお土産買いの両方を昔から提供して来たのでしょうね。

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