「世界史としての日本史」 半藤一利、出口治明 著

半藤氏はともかくとして出口氏は存知上げなかったが、ライフネット生命の会長として、世界史に造詣の深い方とのことだ。そういうことで、週刊ポストの対談を何度か行い、その対談を元にまとめた本である。だから、読みやすい本である。

大きくは次の6章に分けた内容で対談している。「日本は特別な国という思い込みを捨てろ」「なぜ戦争の歴史から目を背けるのか」「日本が負けた真の理由」「アメリカを通してして世界を見ない危険性」「世界のなかの日本を知るためのブックガイド」「日本人はいつから教養を失ったのか」である。

以下、断片的に書かれていることを抜き書きしていくが、基本は興味を持ったら、それぞれの著者の本に当たることである。

自虐史観と自尊史観は表裏一体と論じているが、この通りであろう。ここで、外国人が「自分の母国はこんなにひどいが、それに対して日本はすばらしい」と書けば、軽く百万円稼げるとかいてあるのには苦笑した。

戦前の知識人は西洋の本を原文で読んでいたことが多く、教養の蓄積が違ったというのも頷ける。これの一因に633制で無くなった旧制高校のことを述べている。最終判断力は教養ということは最近、私も実感する。

司馬遼太郎の『坂の上の雲』は日本をきれいに書きすぎているとも論じている。当時のロシアの革命前夜の混乱している状況なども理解しないとわからないのではと論じている。
また第二次世界大戦はノモンハン事件からはじまったと書く歴史学者がいることを紹介し、洋の東と西の情勢をからめてみないといけないとの論は、なるほどと思う。

満州に関するリットン調査団の報告は意外に日本に有利、ただ外務大臣の松岡洋右がそれに反して国際連盟を脱退しており、両者は松岡に厳しい。この本にはないが、加藤陽子さんという東大の学者は別の視点を述べている。私もユダヤ人に対する政策(杉原千畝の業績とされていること)に関して、松岡も噛んでいたのではとの論も読んだことがあり、一理あると思った記憶がある。歴史は奥深い。
ちなみに、松岡が国際連合を脱退した時もそうだが、当時の日本政府において政治と軍事の政策の一体感が欠如していたとの指摘はこの通りであろう。これに対して日露戦争の時は政府と軍首脳が出口戦略まで一致していた。

出口氏はイエス、ノーの択一において、イエスを続けていると、ノーにして揺り戻すのが大変との哲学者の論を紹介している。確かに、このような思考回路も、嘘を続ける一因というのが理解できる。

日本で総力戦がどんなものかを理解していたのは永田鉄山で、彼が皇道派の者に殺されてから、あまり理解できないで、戦争に突入したのではとも論じている。日本は1943年から各種生産量が減っているが、ドイツは負けるまで減らなかった。アルベルト・シュペーアという軍需相が優れていた。
総力戦とは経済が鍵を握る。

今は、アメリカべったりだが、アメリカにしても一緒にやってくれる国はありがたい存在であることを忘れてはいけないと論じている。一種の開き直りだが。

日独伊三国同盟は、ドイツのオット大使と、シュタイマー特使がドイツ本国も欺して締結したとある。これに日本の大島大使も含めて、このあたりは明らかにしておく必要があるだろう。

大戦を終結の構想はルーズベルトが持っていたが、終結時のヤルタ会談時にはルーズベルトがぼけていたのが残念とある。結局、第二次世界大戦はスターリンとヒットラーの特異な指導者がキーマンと論じている。


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この記事へのコメント

まあちゃん
2017年06月11日 23:33
「世界がこの報道に目を見張った!」なんて冗談みたいなキャッチフレーズとも言えないものが巷に溢れているようです。映画では「このラスト30分に世界が泣いた」なんてのもある。とにかく世界がってのを持ち出したがる傾向が、知識的にあるようです。日本の無意識って、奥底的にまだ鎖国状態にあるらしい。外にあるはずの世界っていうのを具体的に説明しない。それは何処なんでしょう? 世界史というカテゴリーも何を指しているんだろう? 世界って、現代こそ、正体不明になってしまったのに!

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