「蚤と爆弾」 吉村昭 著

これは731部隊をモデルにした小説である。部隊長の石井四郎は、ここでは曾根二郎となっている。小説では曾根次郞は京都帝国大学の医学部を卒業した優秀な細菌学の研究者であるが、東京帝国大学医学部卒が学閥を形成する中で反発したことを心の軌跡として書いている。また幼少時に父と母が不仲で離婚したことによる心の傷にも触れている。

曾根の業績として優れた無菌濾水機を発明したことを記している。それから凍傷の治療に37度くらいの湯で治療することが有効なことを発見する。
これらの研究が関東軍でも評価され、満州で関東軍防疫給水部の長に招聘されて防疫と給水の任務にあたる傍ら、細菌戦用兵器の研究を行う。
その方法としてペスト菌、コレラ菌を寒天やペプトンなどを繁殖させて、それを鼠に移植し、さらにその鼠の血を蚤に感吸わせて、その蚤をばらまく方法を考える。
蚤をばらまく方法の研究の中で、熱や閃光などで蚤が死滅するのを防ぐ為に、陶器製の爆弾を考えつく。また蚤の中でも強い蚤を選別する方法も工夫する。

こうした経緯の中で、捕虜として中国人、ロシア人の諜報部員で人体実験することを考える。その為の施設をハルピン南方の草原の中に建造して、実験を開始する。

諜報部員がどうせ殺される運命であれば、それを人体実験に使う方が為になるという発想になっていく。捕虜は関東軍の中では丸太という隠語になり、また人体実験した人体を満州猿という隠語を使うようになる。

実際に中国で飛行機を使って菌をばらまくことが実施され、ある程度、成功する。ただし、日本軍機の行動から、細菌兵器を使ったのではないかと疑われ、国際社会の手前、自重する。

この間に風船爆弾に細菌を詰めて、米国本土に飛ばすことも実験する。ある程度、米国本土に届くが、米国が報道管制を敷いて、届いていることを発表しなかったので、日本は失敗したと考える。


ソ連が参戦した時は、細菌兵器を使う飛行機も無く、証拠を残さないために、施設を跡形も無く破壊し、研究所員は日本に戻す。もちろん箝口令を敷いて、この研究のことは一切口外しないように言われる。

アメリカ、ソ連が研究所のことを知ろうと調査し、アメリカが先に曾根次郞に接触する。そして戦犯にはしないで研究成果を確保する。
この時に、戦犯になる可能性を聞かれた曾根が「戦争は殺戮しあうものだ。世界各国は新兵器の開発に全力をあげている。細菌用兵器だけが非人道的なのか。銃だって大砲だって同じでないか。まして原子爆弾などもっと非人道的ではないか」と述べる言葉が印象的である。

なお、この研究所に勤めていて、日本に帰国した者は戦犯になることを恐れて日常を過ごす。帝銀事件が起きた時に犯人が青酸カリの扱いに習熟していることから731部隊の者が脚光を浴びて、ひやひやしたと小説は結ぶ。

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この記事へのコメント

まあちゃん
2017年06月10日 21:51
たしか光文社(河童BOOKSであったか)刊行の『三光』という文庫で、石井細菌部隊の行った実験の多少は読んだことがあります。50年前ぐらいかな? もう絶版になっているかも。上からの命令に唯々諾々と従う人間の犯す、陰惨な、所業。石井部隊には当然、アウシュビッツのような焼却施設があって、それを設計した者も、最終的使用目的は知らずとも、何かに加担していた事になる。単なる民間人としても。
石井部隊の面々は、結果的に戦犯にはならず、情勢悪化の報にいちはやく人体実験の証拠品を焼き払い、中国戦線から離脱し、日本国内に舞い戻って終戦後も素知らぬ顔で家族と暮らしていた。非人道的とも非難されるべき彼らが、そう出来たのは、彼らを守った、それなりの背景があったと思われます。
その点が、昔から不思議でなりません。

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