「白い遠景」 吉村昭 著

吉村昭の随筆集である。大きく「戦争と<私>」「取材ノートから」「社会と<私>」「小説と<私>」に分けている。

表題の「白い遠景」とは著者の戦争時の体験であるところの「終戦前の数ヶ月間は、太陽も、空も、道も、焼跡もすべて白っぽかったような記憶がある」から来ているのだろう。
そして著者の戦争時の小説でも読んだことがあるが、著者の当時の記憶を思い出して、綴っている。焼け跡とそこの死体、当時の体験・感情と戦後の体験・生活。そういうものから著者の一連の戦史小説が書かれたことがわかる。著者自身も戦史小説は、戦時中の自分を見極めることから出発したとある。

人間の順応性という言葉も大きい。戦争時は戦争遂行に疑問を抱かず、死を何とも思わぬのが、戦後になれば戦争を批判するということだ。

著者の戦史小説は記憶を持つ人へのインタビューで集めた証言を自分なりに構成して書いていると明記している。記録は無味乾燥だが、証言ではその時の情景なども語る。夜光虫が光っていた(潜水艦事故の死体回収時の情景)とか、遠くの方でドロロン、ドロロンと音がした(日本海海戦の砲撃戦の音)とかこういうことが大切と吉村氏は考えているわけだ。

そして、こういう証言を持つ人がだんだんと逝去されていくに従い、戦史小説を書きにくくなり、歴史小説に転換していったわけである。これらの小説を書いた時の取材ノートから、この随筆集が編まれている。

具体的に、この随筆集に直接名を挙げている小説は「殉国」(沖縄戦)、「海の史劇」(日本海海戦)、「冬の鷹」(前野良沢の生涯)、「ふぉん・しいほると」、「漂流」(海難者)、「北天の星」、「赤い人」(札幌の囚人…北海道開拓において囚人の労働力が大きな役割を果たした)、、「羆」(羆の脅威)、「烏の浜」(戦後の樺太引き上げの悲劇)、「関東大震災」などである。

また、著者は医学の先人達の物語をいくつか書いているが、その過程で資料を読むと、医者のマイナス部分は書かれていないで賛美する言葉しかないことがあると記している。例えば、シーボルトもやはり幕府が疑いを抱いたように日本のことを調べようとした態度、事跡はあると書く。

動物、昆虫と人間の関わりを書いた小説も多いが、そのようなことに関心を持った少年時代の思い出も書いている。

そして、漂流記を読むのが小さい時から好きだったと書く。その関心が、著者の漂流物というようなジャンルに結実している。

自分の書物との縁も書いている。小さい時から本を読んでいた少年だったことがわかる。他に、小説家と読者との関係も書いている。

私が読んでいない小説のことも書かれており、今度読んでみたい。

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