「歴史の読み解き方」 磯田道史 著

この本は、テレビにも登場する歴史学者の磯田氏の本であり、読みやすく、面白い。章立ては「江戸の武士生活から考える」「甲賀忍者の真実」「江戸の治安文化」「長州という熱源」「幕末薩摩の「郷中教育」に学ぶ」「歴史に学ぶ地震と津波」「司馬文学を解剖する」になっている。

「江戸の武士生活から考える」では、江戸時代が今の日本人の行動パターンの原型を作った時代。日本の議会の原型は庄屋たちが明治になって大地主となり、政治家になったい地主議会で、庄屋の寄合が地方議会の祖と書く。だから明治維新は庄屋たちを政治進出を達成した革命と唱える。

日本人は親元・定住文化。一方、欧米は自立と流動の文化で、日本のように夫婦の間に子が寝ない。夫婦と子は別だから、子は独立志向が強く、転職文化。日本は同じ組織の中で縦に行く文化とする。

濃尾平野の集権的、絶対的主従制、擬似的家族が近世をつくる。ここは一面の平野で集権的な組織が出やすい。城下町で一致団結して戦闘訓練。これに鉄炮で、天下制覇をした。

京都周辺は都に近すぎ、中世の権化のような寺社勢力がある。地方の武士は主君に忠誠というより横の地域連合、宗教連合であり、いまでも大坂は横社会である。

中世までは御屋形様に必要な時に参じる形態。普段は自分の領地で家の子、郎党で古いタイプの農業をやっている。だから、中世の武士団は一旦負け戦になると一瞬にしてばらばらになる。毛利氏はこの形態を遺しており、怖くて大戦ができなくなる。

大砲とライフルが発達すると、目立つ馬印で「総大将はここにあり」として、重兵による密集隊形で守る軍隊だと、鎧無し軽装備の散兵にやられる。大村益次郎がオランダの書(クノーブの戦術書)から学ぶ。有効射程100メートル、発射毎分1、2分の火縄銃が有効射程500メートルのライフルにやられる。

明治維新で身分が高いのは大隈、陸奥ぐらいで、高杉でも150石程度。あとは軽輩の徒士。徒士は実務能力がある。家督相続時に筆跡と算盤の試験がある。だから勉強をがんばる。能吏タイプ。徒士が明治維新の原動力。

日本は、現場の専門家がその持ち場で起案。そして上が決済していく。日本は専門家が好きでゼネラリストが少ない。欠点は責任の所在が不明確。そして先例主義となる。

安定が失われると、不安になって一気に改革に行く。外部から大きな変化の波で変化する国である。

「甲賀忍者の真実」では、尾張藩、岡山藩のように忍者に対する規律が緩い藩と、厳しい藩(薩摩、佐賀、土佐、水戸)などがあった。幕末の人口は3500万人。武士は家族を入れて150万人で5%。岡山藩は31万石、人口が30万人。忍者の家は当初は18家、後に10家となる。大きな国持ち大名で20人、小さな藩で5人。岸和田藩は50人、紀州藩は200人以上。京都に近い藩は監視の特命があったのか忍者は多い。

1700年頃までは各藩で忍者を使う。また忍者もネットワークがあった。専門の趣味がネットワークの元。

甲賀は京都や奈良に近いから寺社が多く、教育があり、識字率が高かった。また関ヶ原の時に、伏見城で甲賀侍が100人入り、生き残ったのは30人。この為に甲賀侍は優遇される。

「江戸の治安文化」では、フロイスは日本人は動物を殺すのを厭がり、人を殺すのはあっさりしていると不思議がる。中世は、当事者からの訴えがあって詮議する制度。
治安は町や村の自警力で守る。武士が絶対的に少ないから。隠し目付、密偵、横目なども活用する。外国人は日本は識字率が高く、教育で何をしては悪いのかが伝わっていたとも書く。

「長州という熱源」では長州藩は識字率が高く、統計資料が残っていて、GDPが推計できる唯一の藩。幕末は本藩が46万7000人。支藩あわせて23万5000人。戦国時代から学問があった。防長風土注進案があり、農業出来高が80万石、非農業出来高が72.5万石。農業部門で4割くらいの租税。だから商業が有利で、江戸時代は商業活動に誘引した税制ともいえる。

危機意識は海に囲まれた藩におこる。長州藩は御前会議がある。下が議論し、尽くしたところで家老がまとめる、そして藩主が「そうせい」で意思統一がしやすく、意志決定のスピードも速い。兵学寮という全寮制の士官学校ができる。この卒業生が指揮をとる。
長州は道徳や倫理を振る舞わす才子が多かった。だから久坂玄瑞のように天下後世に名分と影響を残せばという感じの攘夷。
そこに高杉・木戸の判断力と大村の技術力で維新の原動力となる。

「幕末薩摩の「郷中教育」に学ぶ」では、柳田国男は日本人には判断力の教育が大事というが、その教育ができていたのが薩摩と書く。会津藩は朱子学で教え、導くことで、あるべき理想の人間に近づけようとした。優秀な人物(秋月梯次郞、高橋誠三郎、広沢富次郞)をだす。形が決められ、それにきまじめに従うこと。佐賀藩もそんな教育であり、大隈は反発して早稲田を造る。

薩摩では俸禄知行が売買できる。農村に住んで、自分で田を耕す。農村に御仮屋という政治のセンターがあり、武士が直接統治。
身分や礼儀にうるさくない。郷中教育とは、6~7歳から15歳が対象で、長老(おせんし)といわれる24~25歳がかかわる。先輩が後輩を教える。それも具体的な設問をだして、それに答えさせる。だから判断力がつく。少し本を読ませ、本を閉じさせ、「お前たちの肚を出せ」と議論をはじめる。「君の敵、親の仇がいる、どの敵より打ちかけるか」というような設問で、ちなみにこの正解は「行き当たり次第に」とのこと。こういうことで、リアリズムが養われる。


ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック