「戦国水軍の興亡」 宇田川武久 著

著者は鉄砲の研究家でもあり、そちらの著作にはお世話になる。この本は戦国時代の水軍のことについてまとめている。新書だが、学術的な本で、多くの史料が掲載されていて読み難い本である。ドラマティックな海戦のことが書いてあるわけでもなく、そういう面で面白くない。

その中では、朝鮮の名将:李舜臣のことが最終章にあって、精しく面白い。独創的(亀甲船が有名)な船と工夫を凝らした戦略、そして勇敢である。人がらは信賞必罰の人なのだが、そのような人物だけに元均という佞臣が高官に取り入れ、李舜臣をことごとく讒言をする。一時は任と解かれたこともあった。

自分の先祖が水軍関係の人であれば、取り上げられた多くの史料解説の中から参考になることを把握できるだろう。
特に瀬戸内海の海賊のことに詳しい。瀬戸内海の各島に盤踞した海賊衆だが、守護大名の力が強くなると警固衆と呼ばれ、働く。そして戦国大名の水軍に組み込まれていく。豊臣、徳川の時代になると、元からの海賊→警固衆→水軍ではなく、海辺の領地をもらった大名が水軍の大将になることが多くなる。

守護大名の大内氏の警固衆に沓屋氏、安芸武田氏の警固衆は白井氏(元は関東の千葉氏の一族)、河野氏の警固衆に来島氏、白井氏などがいる。大友氏は若林氏である。

陶氏の警固衆は宇賀島、大浜、桑原、神代、沓屋、浅海などの屋代島の諸氏や、警固奉行人の白井氏、呉衆の山本氏などがいる。この内、桑原、沓屋、守友、櫛辺、原、長崎、浅海、栗田、塩田、神代氏などは毛利氏に近くなる。
戦国大名となった毛利氏は、伝統的な海賊衆を水軍に編制するが、頂点は譜代の家臣の飯田、山県、宍戸、大多和、福井などである。野島(能島)、来島の警固衆も編制の中にはいる。

東国では北条氏は安房の里見氏との戦いにおいて、水軍を使う。水軍には梶原氏(紀州出身)がおり、梶原以下、清水、富永、山角、松下、山本などの諸氏がいる。

甲斐の武田氏は駿河を領した時に、伊勢の海賊衆の小浜氏を招く。小浜氏は武田滅亡後に徳川氏に仕える。徳川氏にはやはり伊勢の土豪出身の間宮氏もいる。
小浜景隆、間宮信高は戸田忠次の配下として任務につく。なお徳川氏は織田家からの水軍の九鬼守隆(関ヶ原の時、父の九鬼嘉隆は豊臣方になる)と、向井忠勝が船手奉行になる。

九鬼嘉隆は織田信長の水軍として鉄板張の軍軍艦・大安宅船で名高い。

豊臣氏も譜代の家臣が海辺の領地をもらい、そこで水軍を編制し、その頂点には当該大名がつく水軍組織をつくる。加藤嘉明(三河出身、天正14年淡路に所領)、藤堂高虎(近江出身、伊予宇和島を所領)、脇坂安治(近江出身、淡路を所領)、小西行長(堺の代官)などである。この他に中世海賊衆の系譜を持つ石井、小西、梶原、菅平、九鬼などがいる。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック