「ミュシャ展」 於国立新美術館

知人がアンデパンダン展に出品されているので、国立新美術館に出向き「ミュシャ展」を観る。ここでは草間彌生の展覧会も開催されていたが、年度末の平日の水曜日にも関わらず、開館直後は切符売り場も、会場の入口もともに長蛇の列で驚いた。帰りは六本木口の方から帰ったが、こちら側の切符売り場にも、長蛇の列であった。

ミュシャは、アールヌーボーの華麗な女性像が有名である。当時の有名女優のサラ・ベルナールの舞台の広告ポスターで脚光を浴びた。美しい女性が、華麗な着物を身にまとい、艶やかなポーズで、その背景も装飾的である。

今回、驚いたのは、「スラブ叙事詩」である。50歳の時に故郷のチェコに戻り、これを書く。1枚が縦6メートル×横8メートルという大作が7枚、他も4メートルを超えるもので総計20点が展示されている。

作風はアールヌーボーの時代とまったく違い、故郷のスラブ民族の歴史を画いたものである。歴史劇を絵にしたものだが、もちろん想像である。ただし画中の人物は自分の自画像や家族をモデルにしたり、近在に住む人をモデルにしたようだ。これら人物の表情は明るくなく、いかにも苦難の歴史というものである。大きな白目の中に丸く黒目を画くような人物がいくつかの画面に観られて印象的である。

息子が奴隷のことを意味するスレイブの語源がスラブ民族から来たとの説があると言ったが、なるほど苦難の歴史の民族だと思う。
ミシャはパリ万国博覧会でボスニアヘルツェゴビナ館の壁画を頼まれて、民族を意識し、スメタナの音楽で、目覚めたとも解説にあったと思うが、正確な記憶ではない。いずれにしても、パリの画壇の寵児だったのが、故郷に引きこもって、こんな絵を画くのだから、偉いものである。なおアメリカ人のパトロンのような人物がいたとも解説に書いてあった。

ミシャはスラブ民族の団結を願ったが、団結せずに、それぞれが独立して、この絵が完成した時は意義を見出せずに、評価は芳しいものではなかったようだ。この絵がプラハで展示されるようになったのも最近からのようだ。

歴史画だが、スラブ民族を襲ってきたゲルマン民族やトルコ民族との戦いや、宗教改革(ここの宗教改革者のヤン・フスの事跡が多い)の時の混乱を描いている。そこにスラブの古来の神のようなものを背景に入れたりしている。

各画は主題になる人物はあまり目立たずに、民衆の方が目につくような構図であり、英雄より民衆を意識していると感じる。

何となく、フジタの戦争画の大作を思い出した。フジタは、ミシャの絵を知っていたのであろうか。ドラクロアなどロマン主義の画風にはこのような群像の大作があるが、それらはドラマティックだが、ミシャの絵は戦争が終わった後の寂寥たる風景などの印象が強い。

同時に竹下夢二とも似ていると思う。夢二は大正のはかない美人を画くが、油彩などに結構、力のある作品があって、落差に驚いたことがある。こういう人には秘めた熱いマグマがあるのかもしれない。

色はベージュ、薄いブルーなど薄い色=ぼやけた色が印象に残っているが、作品リストにスラブ叙事詩の黒白写真が載っているのを見た妻は、黒白写真ではそれぞれの明淡がはっきりしていると言うが、確かに、その通りである。絵の大きさに圧倒されていたのかもしれない。

大作が並んでいる部屋は広く、天井も高いから、多くの人が入っていても、その群衆が邪魔になるという感じはなかった。むしろ離れて観ないと、全体がわからない大きさである。

アールヌーボー時代の絵の展示場所は作品が小さい分、絵の前は混んでいた。この外、彫刻作品や舞台装飾品も製作している。
美人が華麗、なまめかしく、退廃的、装飾も華美で、世紀末的な感じで、愛好される絵である。

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