「幕臣たちの明治維新」 安藤優一郎 著

この著者の本は、何冊か読んでいるが、この本はあまりピンとこなかった。明治維新時の薩長が改革、近代化、それに反して幕府側は旧習、頑迷固陋の旧体制維持派というような歴史観が今でも一般的である。
このような歴史観に対して、著者は旧幕臣たちが、どのように明治維新の激動を乗り越えたかを古記録を紹介しながら見直しを提案しているのだろう。
この本は2008年に出版されているが、2016年頃では、このような歴史の見方も出ている感じであり、著者の問題提起が実現しつつあるのかもしれない。

彰義隊討伐の前に、新政府は徳川家(旗本領も含めて約800万石)を駿河・遠江で70万石にすることを決定していた。実際に伝えられたのは彰義隊討伐後である。
旗本が約6000人、御家人が26000人で約3万人強。これが70万石だと5000人が限度。そこで①新政府に帰順して朝臣となる、②農業や商業をはじめる、③無禄覚悟で静岡に随伴を家臣に提案。
新政府は①でない旗本・御家人には江戸屋敷からの立ち退きを命じる。だから建物だけを壊して売るが、こういう状況だから安くなったようだ。

①を選んだのは上級旗本が多かった。②が4500人ほどだった。大半は③を選んだ。江戸の町人は①の人間には厳しかったようだ。
②の道で商売は、家宝を売る骨董屋が多いが、二束三文で失敗する。横柄に売るか、馬鹿丁寧に接するかだったそうだ。
静岡への引っ越しは悲惨なものだった。船の船倉に押し込められたような移動だった。そして三千石以上は五人扶持、百石以上は二人半扶持、二〇俵未満は一人半扶持としたが悲惨なもの。

この当時の幕臣の生活は御家人の山本政恒の自分史的な日記を引用して紹介している。桜田門の時の情景など興味深い。

静岡藩では静岡学問所とか沼津兵学校など、教育も行われ、人材の宝庫として新政府に引き抜かれていく。
明治10年で政府官員5250人の内、静岡・東京出身者は1755人もいる。高級官僚は薩長土肥だが、中級以下には幕臣が多かったわけだ。

ジャーナリズム分野に進み、筆で政府批判をする者もいた。塚原靖、柳川春三、成島柳北、栗本鋤雲、福地源一郎などだ。もちろん、ここにも政府の圧力が加わる。
牧ノ原の茶畑の開墾は有名だ。牧場などもやったようだが、疫病で失敗する。

また水戸藩士の孫娘の山川菊栄の本からも、当時の生活を紹介している。政府がウサギを飼うように勧めたが、使い道がなく、大失敗ということもあったようだ。

このような江戸町人の鬱屈が、西南戦争時の西郷隆盛人気につながったことも紹介している。
そして反政府は自由民権運動につながり、明治22年に東京開市300年祭が挙行される。また旧幕臣の会がいくつか出来て、江戸幕府見直し論が出てきたことを書いている。


この記事へのコメント

まあちゃん
2017年02月05日 13:54
明治維新物は売り易いのかもしれませね。また読者も、維新に特別なロマンを抱く傾向があるようです。もっとシビアに、江戸時代の国替えについて、その数や特徴など現した、現実的な著作がありましたら見楽読楽で、紹介してください。期待します。

この記事へのトラックバック