「描かれた倭寇 「倭寇図巻」と「抗倭図巻」」 東京大学史料編纂所編

この本は東京大学史料編纂所に収蔵されている「倭寇図巻」を取り上げて、それと同様なものが中国国家博物館にあり、「抗倭図巻」と名づけられていることから、それとの比較をしている。そして、かつて中国揚州の名家にあった「平倭図巻」(現物は不明)を観た清代の文人張鑑の紹介文とも比較している。

「倭寇図巻」は、倭寇が中国の沿岸を襲う。そして民家を略奪するが、明の軍が来て、戦い、倭寇を撃退するというストーリーで描かれている。
技術の進歩によって、これまでは判読できなかった文字が読めるようになり、倭寇の舟に弘治四年(1558)の年号の旗が描かれていることがわかる。これで後期倭寇の時代のこととわかる。

絵で倭寇は日本刀と扇を持っていたり、長槍を持っている。片手で日本刀、もう一方の手に扇では戦えないだろうが、当時の日本の輸出品の代表として描いているようだ。もちろん日本刀は倭寇の武器であるが。
様子を見るために、一人の肩の上に立って乗っかり、長槍を支えにして遠くを見ている倭寇も描かれている。

中国の「抗倭図巻」は、保存状態は日本のよりも悪いが、明軍が勝って凱旋する場面があったりと少し詳しい。

これらの説明において、明代の後期には出版業が盛んとなり、骨董市場も盛んになる。そして名作の偽物作りが多く行われたことが書かれている。特に蘇州で多く作られたので、これらの偽物は「蘇州片」と言われている。

あの有名な「清明上河図巻」も多くの贋物があるようだ。ただ贋物でも、時代もあり、それなりに評価されているようだ。

そして「平倭図巻」の張鑑の解説文に、画中の人物がわかるような記述がある。それによると、胡宗憲の指揮によって倭寇の徐海を退治した「乍浦・梁荘の勝利」(嘉靖35年=1556年=弘治2年)を描いていると推定されるとのこと。こういうのを戦勲図というようだ。自分の手柄を絵にしたものだ。

ただ蘇州で写されている中で、「倭寇図巻」は一般的な倭寇撃退の絵巻になっている可能性も指摘されている。



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