「プリズンの満月」 吉村昭 著

この小説は巣鴨プリズンの看守を務めたこともある刑務官を主人公にしている。はじめに、40年間の刑務官生活を終えた退職後の生活を描く。川釣りを趣味にして過ごしていた。この穏やかさが刑務官時代の張り詰めた生活を浮かび上がらせる工夫だ。

そして、終戦直後の熊本刑務所での混乱の様子など、終戦直後の全国の刑務所の状況が描かれる。彼は熊本刑務所から、巣鴨プリズンに転勤になったわけだ。

退職してしばらくノンビリした生活を送ったが、前職の時代の上司から巣鴨プリズンの跡地に立つビル(サンシャインシティだろう)の工事現場の警備責任者として請われて第2の人生を歩む。そこで部下となった警備に携わる色々な経歴を持つ人々の人生を知る。そして、その職場も退職する時に、刑場跡の戦犯の碑を上司と参拝し、そこから巣鴨プリズン時代の思い出が綴られていく。

当初は、米軍の補助(朝鮮戦争で人手が足りなくなり、日本人を傭う)として巣鴨プリズンに勤務し、戦勝国アメリカの指揮下での鬱屈が描かれる。日本人として立派だった所長のことも書かれる。また米兵と一緒に行進した時に米兵の行進に対して、足は曲がり、歩幅が短い日本人刑務官の行進は見劣りし、笑いものになるが、皆で発憤して練習したことなどが書かれている。
収容されていた日本人戦犯は同胞でありながら米兵の手先のようになっている日本人刑務官を冷ややかに見る。

そして戦犯としての絞首刑の様子。その死刑囚の心の平安に尽力した教誨師田嶋隆純の功績が紹介される。年月が経るにつれて、戦犯への締め付けが緩くなっていった経緯と、様子が書かれていく。戦犯と言っても、戦争という理不尽な渦の中で敵兵を殺したりした人であり、戦争に従事した人は誰でも経験することである。だから普通の犯罪者とは違うわけだ。

しかし戦後は、戦犯というだけで本人も家族も村八分的な仕打ちを受けることもあったわけで、各戦犯家庭の生活の苦しさなども描いている。

戦犯はA級戦犯(平和に対する罪)のことに関心が向きがちであるが、巣鴨プリズンにはB級(捕虜虐待などいわゆる通常の戦争犯罪になる責任者)、C級(その実行者)の戦犯の方が数は多く、また海外で収容されていたこれら戦犯が日本に送られ、ここに収容されたことも書いている。

歌手の渡辺はま子の行動が紹介されているが立派な人物だったことがわかる。彼女は戦犯の慰問にも積極的で、かつ同情的で、彼女とフィリピンの戦犯収容所モンテンルパの囚人との間でのやりとりから「モンテンルパの夜は更けて」の歌が生まれる。そして、それが当時のフィリピン大統領の心を打って釈放に結びついたことが書かれている。

絞首刑台を造らされた者の心情なども推測できるような逸話も入れている。

戦犯の多くは敗戦国だけが罪を負うもので、アメリカが原爆や、空襲で無辜の住民を殺したことなどはまったく無視される。相手を殺すのが戦争であり、その中での殺人行為などは、勝者では不問にされる。そして敗者側だけが罪になることへの疑問も吉村昭は書いている。



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