「アメリカの罠に嵌まった太平洋戦争」 鈴木荘一 著

日本の近代史に関して、新鮮な視点を提供されている鈴木氏の近著である。前著『アメリカの「オレンジ計画」と大正天皇』(http://mirakudokuraku.at.webry.info/201205/article_1.html)に続いて、いよいよ太平洋戦争の開戦に至るプロセスである。
この書の特色は、昭和天皇や皇族の責任に言及している点である。近代史の本は歴史学者の本でも、このあたりのことは曖昧にしていることが大半である。そして、陸軍における閑院宮戴仁参謀総長(ナチスと連携を深めようとする永田鉄山軍務局長、林銑十郎陸相に同調)、海軍における伏見宮博恭軍令部総長(大艦巨砲主義に与し、軍縮条約を締結し、航空戦略に転換という派を粛正)の責任も明確にしている。

太平洋戦争は、軍官僚主義が諸悪の根源と思っていたが、鈴木氏は陸軍では次のように三派があったとして、それぞれの考え方を明記する。
宇垣派(宇垣は陸相時代に軍縮を行って兵数を削減、その代わりに陸軍の航空部隊の充実も含め、装備近代化をはかる。シナ、欧米と協調し、政党政治尊重)、
皇道派(政党政治は否定、対ソ戦重視、実戦派、対中国戦慎重派)
統制派(政党政治否定、陸軍予算の増額を求め、ドイツ信奉、実戦により疎くて役人的、対中国一撃派)

そして、2.26事件後に統制派が派閥争いに勝利して、敗戦に至る。鈴木氏の論調は統制派に厳しい分、皇道派に同情的と感じる人もいると思う。ちなみに昭和天皇は軍人としては統制派を支持している。

海軍では英米に対比の軍縮条約を仕方無いと受け止め、その分、航空戦略に活路を見いだし、戦時には航空母艦に改装できる民間船などを活用しようとする条約派と、軍縮条約反対派で大艦巨砲主義の派閥の対立を鮮明にしている。
前者は、山梨勝之進、堀悌吉、山本五十六、井上成美などである。後者は伏見宮博恭を中心とする軍令部の軍官僚で大角岑生などである。東郷元帥もこちらである。前者は大角海相時代に粛清される。

鈴木氏は、戦争の結果を左右する兵器、それを動かす動力源のことに触れ、石炭の時代の日露戦争では国内に良質石炭が出て戦えたが、石油の時代の戦争には結局対応できなかったことも明確にしている。太平洋戦争開始時の石油は2年分の備蓄量(戦争になれば1年半程度)で、それをアメリカによって締め上げられれば、どういう形にしろ敗北せざるを得なかったわけである。

ヒットラーのドイツ、スターリンのソ連と、平気で条約を破るような国と同盟してしまった外交(外交も外務省だけでなく、陸軍でも動いている。また蒋介石と話ができるという中国人に首脳部が騙されるなどお粗末である)の拙さも書かれている。日露戦争の時は明石大佐に代表されるように諜報活動に力を入れていたのに、いつのまにか諜報、情報を軽視し、自分の都合の良い情報にしか反応しない国になってしまった。

中国大陸の戦争は統制派にしても、皆、早く終えるつもりであった。しかし、現場を知らずに対支一撃論を展開した武藤章も、現場に出ると大変な認識不足だったことを知り、戦争を終わらすことに論を変えるが、負けない戦争(ゲリラ戦)になった相手に泥沼に引き込まれる。
ソ連としては満州が手薄になるから、ありがたいわけである。

そしてアメリカなどにより、石油の禁輸が始まると、どうしても南進作戦になる。これを鈴木氏はアメリカの罠と言うが、アメリカと戦うことになる。

各首相が選ばれた経緯と、首相の人柄も鈴木氏は寸評しながら展開していく。割り切った見方になるが、このように割り切れるには、鈴木氏が文献を豊富に渉猟しているからである。

5.15事件までは政党政治が続いていたが、ここで昭和天皇の意向により政党政治が終わる。昭和天皇の意向ということは内大臣秘書官の木戸幸一(当時42歳)の影響力が高くなることを意味している。元老西園寺公望(当時82歳)からの権力の移行である。その意味で木戸にも戦争責任はある。

鈴木氏は、第一章にソ連のことを書いている。ソ連の戦前における各国の共産主義勢力に対する援助は膨大なものである。もちろん日本にも資金は流れている。ソ連勃興の理由として、第一次5カ年計画を成功させて
1932年には鋳鉄生産量620万トン、発電量1350万キロワット、石油採掘量1億5400万バーレルになったと、この書にある。このソ連の力を日本も欧米も侮ったことは間違いがない。
ソ連の経済的成功のことも、改めて研究する必要があるかなと感じた。力作である。


ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック