「生誕140年 吉田博 展」 於千葉市美術館

吉田博は明治期から戦前にかけて、山の風景などを描いた新版画の作家として、私が出入りする浮世絵商に、その作品が並ぶ。今回の展覧会で、当初の水彩画が素晴らしいのに驚いた。
久留米藩士の家に生まれ、福岡で図画教師の吉田家の養子となる。京都で水彩画の名手三宅克己に習う。それから上京して不同舎に入門し、小山正太郎に習う。そして驚くべきことだが、仲間とアメリカに渡る。文字通り徒手空拳での渡米である。現地で作品を販売して生活するというもくろみだが、ものの見事に成功する。

帰国してからは黒田清輝が率いる白馬会に対抗して太平洋画会で発表を続ける。この後も義姉とアメリカに渡り、作品を販売する。のちにこの義姉と結婚するようだ。
その後も、アメリカだけでなく、ヨーロッパ、インド、韓国・中国にも旅行して、それぞれの土地の風景も描いている。
日本では山登りに同行して、山岳風景を多く描いている。

今回の展示の中では、大きな絵に傑作が多いと感じる。やはり、それだけ力を入れて画いたのだろう。中でも、福富太郎のコレクションだったという「朝霧」(水彩画)は素晴らしい。湿潤が空気を水彩で描いたものが私は良いと感じる。
油彩画は、色が暗い感じであり、あまり好きではない。もちろん画題は水彩も油彩も同じようなものだが、何が違うのだろうか。

晩年は木版画に取り組む。これも浮世絵ばかりがもてはやされる欧米に、新しい日本の版画を見せてやるという心持ちで造ったようだ。大きな木版画や、同じ版板で、色を時間ごとに変化させた摺りを発表するなど新機軸を出している。大きい木版画は版木が収縮して大変だと説明にあるが、そうだろうと思う。版元、絵師、彫師、摺師の分業体制を、吉田なりに改めようとした点も革新的である。

また戦争中の戦闘機から見た地上という絵なども面白い。誰の展覧会でも戦争中に軍に協力して描いた作品は取り上げられないが、面白いものがある。

戦後は5年ほど生きるが、アメリカで人気が高かった画家であり、進駐軍の兵士、その家族が多く訪れていたようだ。

福富太郎のコレクションが良かったと書いたが、彼はキャバレー太郎として有名だったが、水商売として蔑まれる職業だが、この人の絵画のコレクションは素晴らしいと感じる。以前、この人の所蔵作品を解説した本を拝読したことがある。実に目が見える人だったのだと思う。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 2

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
面白い

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック