「脱出」 吉村昭 著

吉村昭の戦争を題材にした短編集である。「脱出」「焔髪」「鯛の島」「他人の城」「珊瑚礁」の5編が収録されている。

「脱出」は、終戦時にソ連が侵攻した樺太から北海道に脱出した少年の物語である。ソ連のひどい仕打ちは、さらに北の方から脱出してきた人の話として出てくるだけである。樺太から脱出する困難さも、それほど悲惨には書いていない。本土に逃れても、樺太に戻って漁をするような大人の漁師を少年の目から描いている。

「焔髪」は奈良のお寺で、空襲を避ける為に、仏像を疎開させる話である。若い僧侶の目で、その時の寺内部の対立(疎開賛成派と、反対派)や、疎開にあたって奈良の刑務所の受益者を人足にして運ぶのだが、その光景を描いている。厳重に梱包して、受刑者の手で慎重に運ぶが、塑像でもあり、一部が壊れてしまう。こういう情景も、戦争の一つの姿なのだと思う。

「鯛の島」は瀬戸内海の島で、そこは鯛の良い漁場。鯛の漁において、漁師のほかに、少年を楫子として船のこぎ手に使っている。これら少年は近くの町の貧しい家庭から住み込みで傭い、厳しく躾けられる。その島の近くで大爆発がある。霧の中で見えないが軍艦が爆沈したことがわかる。軍は秘密にして、固く口外することを禁じる。それを秘密警察が聞き出し、言った人間を警察、憲兵が調べるような陰惨な仕打ちを島の人間に対して行う。あるとき、楫子の少年2人が逃げる。行方がわからないままに終戦となる。終戦後に、逃げた楫子は見つかるが、これらの少年は虐待されていたと訴え、それを民主主義を根付かせようとしていた米軍が取り上げ、島の人間は取り調べられる。これらを母の手伝いで郵便配達をしている少年の目で物語られる。

「他人の城」は沖縄の少年が、対馬丸で学童疎開をする。対馬丸は米軍潜水艦によって撃沈され、少年は海をさまよう。そしてやっと助けられ、本土の親戚のところに来るが、本土でも食糧不足の中、邪魔者扱いになる。そういうこともあって、戦後、怖々と、米軍が支配する沖縄に戻り、激戦の跡をたどる。これも学童=少年の目で物語は進展していく。海に投げ出されて漂流している時の状況は凄まじい。

「珊瑚礁」はサイパンにいた家族が、米軍の猛攻の中で島内を逃げ惑う物語である。散々、悲惨な目にあう。ついに母は米軍に投降すると言い、父も一緒に捕虜となる。

「焔髪」を除くと、少年の悲惨な戦争体験を書いているのだが、サイパンの話、沖縄の話などは酷い悲惨な戦争の姿だ。読後感としては、悲惨な印象と言うよりは、大きな力に翻弄される少年の姿を書いている感じである。生きているのと死ぬのが本当に隣同士の世界だ。そういう個人にとってはどうにもならない不条理な時代だったということが理解される。
疎開、運搬の中で壊れた仏像も、戦争というものを表現している。





「鯛の島」のことは「戦艦陸奥」の小説にも出てくる話である。

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