「日本の歴史19 文明としての江戸システム」 鬼頭宏 著

この歴史書は網野善彦氏が中心となって企画した講談社の日本の歴史シリーズの1冊である。この編は従来の歴史書と違って、江戸時代の人々のライフサイクル、人口、環境、産業、経済システム(貨幣、産業構造など)、生活のリズムなどの視点で記されている。

簡単に読める本ではないが、興味深い内容である。冒頭に永井荷風が江戸の風情を亡くした江戸に幻滅を感じている文章を引用する。
筆者は生活総体のありようである江戸文明があったことを記す。それは日本列島内部での自己完結的な閉鎖体系、ただ閉鎖的でも人口増加などを伴う独自の発展があったこと。公害、環境破壊もあったが、資源、エネルギーの循環大系は西洋よりも進んでいたこと。意外に豊かな社会で、少子化で豊かさの維持をはかる面もあったこと。西洋諸国にあった植民地や奴隷労働の活用などはなかったことが特色である。
鎖国から開国は、江戸時代の自己完結的社会の行き詰まりの打開でもある。

日本列島は縄文時代(狩猟、採取、漁撈)早期に2万人、中期に26万人と人口が増加するが、後期は16万人、晩期は8万人と停滞する。
次は弥生時代(水稲農耕化)59万人から奈良時代500万人、平安時代600万人と増加するが、鎌倉時代は停滞。
次ぎに経済社会化で1600年頃に1200万人、1721年に3100万人と増加するが、以降は明治初年まで停滞する。
最後は工業化によって19世紀中期から現在までの人口爆発だ。

江戸期の人の暮らしは宗門改帳で調べられる。近畿、東海、北陸は男25~28歳、女は18~24歳が結婚年齢だが、地域差があり、東北農村が早婚である。江戸中期以降の農村の結婚年齢は遅くなる。
江戸時代の都市の結婚は離婚が多い。離婚は女性側からの申し出も多い。女性は出産時に死亡することも多かった。出生率は西高東低である。上層農民の方が高い。

江戸前期は小農世帯が増加した。そして労働集約的な小家族経営が有利だった。室町時代までは米の端境期の春から初夏の死亡率が高いが、江戸時代は裏作の麦が普及することで死亡率は減る。

都市の死亡率は高かった。人口密度による生活環境の悪化による。

江戸時代の日本列島の自然環境は世界の中で恵まれていると、日本を訪れた外国人は記している。戦国から江戸時代前期に開発時代がくる。西日本は干潟干拓、東国は湖沼干拓が多い。
実収石高は1600年が1973万石、1700年が3063万石、1830年が3976万石、1870年が4681万石と増加したという研究もある。
はげ山になるという環境破壊もあった。

都市人口も増えた。1600年55万人、1700年322万人、1800年397万人と筆者は推計している。人口10万人以上の都市は江戸、大坂、京都以外では金沢、名古屋。1万人以上の都市は全国で50以上となる。

『毛吹草』は諸国の産物を書いたもので1645年の刊行である。先進地域の畿内5国の産物が多い。明治期には『府県物産表』という資料がある。

この外、海運の発達、貨幣制度、問屋制度などが商業、工業の発達を促す。精神的には勤勉革命というような精神が大きい。小農家制も勤勉化を必要とする。江戸時代は高齢化が進むが、老人も家内でやることはあったのが、小農家制の特色である。
江戸後期は豊かになり、祭り、旅行も盛んとなる。また教育水準も向上した。

江戸時代、男の平均身長は157センチ、女は146センチである。



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