刀剣研磨・外装技術発表会 於刀剣博物館 & 東京都庁展望台

「お父さんの兼光が刀剣博物館の研ぎのコンクールの出品作で出ているから行くか?」と息子と妻を誘う。息子には関心を持ってもらわないといけない。妻は「博物館で見る方が家で見るよりも、良く見えるの?」「家で観た方がもちろん良く見えるよ。でも刀剣博物館は行ったことが無いでしょ」と言うことで誘って出向く。

刀剣博物館の説明もする。「古い建物でしょ。このエレベーターに乗ると遅いし、怖いよ。だから今、建て替えの話が出てるの」「ここで建て替えなの?」「いや、両国の安田庭園の近くみたいよ。」「お金あるの?」「ここの土地を売って建て替え資金を捻出するんでしょ。両国の方は都が江戸関係の施設に便宜をはかると聞いた」

2人の刀剣初心者に、刀のことを説明するのは難しい。だけど、質問の中に刀剣関係者が考えた方が良いようなものもある。刀剣研磨のコンクールだけど、今回は2人への説明が大変であり、ろくに観ていない。研ぎの印象を簡単に記す。
私の兼光と同じケースに清麿の薙刀が展示されていた。これを研いだ柳川清次氏は清麿の華やかさを十分に引き出している。本三枚造り(清麿自身は「四方詰め」と呼んでいるが)の結果としての断層的刃文と、その周囲の沸もよくわかる。私は少し派手過ぎるような研ぎと感じるが、これは好みの問題で、こういうのが好きという人も多いと思う。清麿門人の栗原信秀を研いだ藤代龍哉氏の作品と比較するのが面白い。もっとも清麿と信秀では作位が違うから単純に比較はできない。
あとは研ぎも、白鞘も、刀装、柄前、白銀も、参加者が少ないと思う。これは現代の刀職関係者が分裂していることの弊害だと思う。それぞれの団体の上層部の者はメンツを棄てて、一緒になるべきである。若い職人さんが可哀想である。伝統技術の保存にも弊害ばかりだ。

妻と息子との会話を記していく。

「何で研ぐの?切れ味を良くする為ではないのでしょ?」「刀の美しさを引き出す為と言ったらいいのかな。刃の部分は刃の部分で美しいし、地鉄も美しいし。姿も美しく、それを整える意味もある。あの本阿弥光悦だって、本業は研師なのよ。本業の結果は残っていないけど」…研師さんは、それぞれの刀の美しい点、長所を的確に把握して、それを如何に引き出すかだ。

兼光のところで「あの地の上の方のボンヤリした白いカスミのようなものが映り」「地とはどこ?」「展示してある刀の上の方が刃で、全体が白いでしょ。その下の黒い方が地なの。」「輝いているところ?」「違う、そこは鎬と言う」「刀の断面は、こんな風になっている」と手で断面を作る。「この角が鎬筋」「”鎬を削る”の言葉があるところね」「そうそう」。

「こっちの刃は直刃。まっすぐに下から上まで行っているでしょ」「こっちは丁字乱れ」「何で、こんな風に変わるの?」「刀を作って、最後に焼き入れする前に、土を刀身に塗って、それの塗り方、落とし方で刃文ができる。刀鍛冶は土の置き方というけど、その結果なの。土が無い方が焼きが入って堅くなって刃になるの」(本当は地鉄も関係していると思うのだが、説明は正確より簡単の方がいいこともある)

隅谷さんの土置きの図を掛け軸にしたのがあったのを見て、「こういう風に土を塗ったりして作るのよ」…刀剣女子も来館していたが、研ぎの工程の説明図などもあった方がいいと思う。もう一つの団体の展示では、そのような配慮もあった記憶がある。

大野義光を研いだ真津さんの作品の前で「この刃文、華やかでしょ。現代の刀工だけど、ここまで華麗な刃文だと人気があって高いのよ」
ただ、いつも観る大野義光氏は、もう少し刃が明るい感じもする。

「なんで、刃が白くて、地とか鎬が黒いの?」「研ぎは様々な砥石を使い、色々な拭いという工程もあるのよ。そして刃は白く、地は黒くなるようにするの」

「姿が、時代によって違うのよ。これはお父さんの兼光に似ている姿でしょ。だから時代も同じ南北朝時代のものなの」「え、同じに見えない」「斜めからではわからない。こっちに来て見なさい」

「お父さんは、この研ぎは嫌い。刃ぶちが堅いでしょ。これは研師さんの腕でなく、刀そのものが悪いのかもしれないが」「刃ぶちとはどこ?」「白い刃の上部、地との境を言うの」「堅いってどういうこと?」「うーん、柔らかくないって言うべきか。ふんわり感が無いって言うべきか」

私が気に入らない研ぎの作品もいくつかあったが、刀がそもそも悪い面も否定できない。研ぎのコンクールは現代刀で、本来ならば同じ作者の刀で行うのが理想なのであろう。これはともかくとして、①大同団結をすること、②審査基準の各審査員間の統一(これは愛刀家の間でも好みがあり、難しいと思う)ができればいいと思っている。

白鞘のコーナーで「この木は何?桐の木?」「違う、朴の木」「なんで、これが優秀賞なの?」「うーん、白鞘の目的は刀の保全なの。だから白鞘で一番大事なのは、鞘の中で、刀に接触したりしないこと。接触すると錆がでてしまうの。その為に、朴の木を何年も寝かして狂いの無いのを選ぶことだけど、こういうコンクールは面取りのうまさなのかな?」「面取りとは何?」「白鞘にも鎬筋のようなところが出ているでしょ。ああいう線の狂いの無さや、それに囲まれた鞘の面のムラの無さや、全体の白鞘の形で選んでいるのかね」
白鞘を評価する基準は、どうなっているのかを確認していないが、妻の質問などは本質を突いている。鞘当たりは無いという前提ならば、それは審査しなくていいが、実際には鞘当たりはほとんどある。

拵の部で、肥後信長拵の写しが出品されている。「これ、お父さんの持っているのと似てるね」「そう、そう、これは肥後細川家の細川三斎が作った拵が元で、それがいいものだから、各時代で真似をしているの」…拵というのは独創的な良いものを造るのが難しい部門だと改めて思う。私がコレクターの立場で見ても、糸巻太刀拵は、ふだん使われなかったから、古いのが残って重要刀装などに指定されているが、みんな同じようなもので面白くない。黒呂鞘の江戸期の拵も、式制の中のユニフォームだから、面白くない。町人の脇差拵だと、金具の価値だし。つまるところ肥後拵か天正拵となる。もっとも、これも写しばかりで面白くないところもあるが、それでも味がある。

柄巻きでは、妻が柄糸のよじり方、よじっての止め方などに関心を向けていたが、ぼてついているような感じの柄前もあった。

ハバキの部。「貝とは?」「2つの部分が組み合わさっているでしょ。その内側の部分、上の方の部分を上貝、下を下貝と言うの」「お父さんの知り合いのHさんは、これが好きで、この肉置きがいいとか言って楽しんでいるの」「肉置きとは?」「形状で、少しカーブを描いていたりするところなどを言うのだけど、オタクの世界よ」
葵紋を彫ったハバキが2つ出ていたが、新作にも葵紋が意外に多く見かける。これは作品を造ったハバキ師さんに罪はないが、卑しい感じがする。

昨日、協会の関係者から別件でお電話をいただきが、「研ぎのコンクールの展示はタダでしょ」と。違うのだ。ちゃんと入館料が必要である。

私の兼光、ろうそく帽子が明瞭にわかります。ハバキ元の近くの杢目状の地景。その周りに乱れ映り。これで牡丹映りになるのだが、そこまでは、この展示ではわからない。

面白い銘の国広が出されていた。この銘は写真で知っていたが、実物ははじめて。刃がクライ感じがした。

その後、歩いて東京都庁の展望台に向かう。混でいた。中国人観光客なども多くいた。空気は澄んでいて眺望は良かった。冬の午後であり、ちょうど西日で逆光ながら富士山も見えた。逆光だから、雪がどのあたりまで降っているかなどはわからない。




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