「現代語訳 福澤諭吉 幕末・維新論集」 福澤諭吉著 山本博文訳

福澤諭吉の「旧藩情」、「痩我慢の説」、「明治十年丁丑公論」、「士人処世論」を現代語訳にしたものである。
「旧藩情」は、中津藩における上士と下士の実情を書いている。今、我々は同じ武士と思っているが、人種がまったく違うような感じの実態を書いている。上士への敬い方や、上士と下士では言葉使いも違うこと、宛名に書く「様」の崩し方で、相手への敬意をどのくらい表すのかなど、旧幕時代は決まっていたようだ。上士は上士の間で婚姻関係を持ち、教育も上士と下士は違ったとある。下士は算盤(算術)と習字、上士は文武の芸を学ぶなど、なるほどと思うことがある。下士は内職などしないと生きられないから、手に職をつけている逞しさも書いている。

「痩我慢の説」は、福澤が幕臣でありながら明治の高官になった勝海舟と榎本武揚を批判した書として有名である。福澤は出版前に勝と榎本に送っており、それを読んだ勝と榎本からの返書が掲載されている。
武士としての生き方、敗勢になっても主に殉じるような生き方は、それなりに大事であり、それは精神のあり方として大事にしたいとの思いから書いているようだ。勝海舟の戦乱を避けようとの考え方にも理解を示しているが、それなら新政府の高官から退くべきと書いている。榎本は五稜郭で闘い、これは美しいが、高官になるのは戦死した仲間に対していかがなものかと書いている。
勝海舟はこれに対して、「行動の意図は自分の心の中だけにあります。毀誉は他人の主張で、自分が関与すべきではない」と返書を書いている。榎本は「多忙だから、その内に」と書いている。

「明治十年丁丑公論」は西郷隆盛を擁護というと誤解を招くが、それなりに西郷の立場に思いを寄せて書いている。戊辰戦争では、幕府と言う当時の政府に戦い、その戦いは結果として義と称されている。西郷が明治政府に対して戦うのも同じではないかという感じで書いている。ただ、西郷が私学校の生徒の暴走を止められなかったことには批判的である。

「士人処世論」は明治の時代に、若い者が官吏になりたがる風潮を戒めている書である。幕政時代の名残で、お役人を敬うから、官吏になれば敬われると思ってなりたがっているようだが、昔は家禄があったから役人でも良かったが、今は本人一代限りであり、役人になってもつまらないと書いている。明治時代の官尊民卑の風潮を反映している。



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