「大地の子」 山崎豊子 著

山崎豊子全集に所載されている「大地の子」を読む。上下2冊である。文庫だと4冊に分かれている。山崎豊子の小説はどれも長編であるが、長編を一気に読ませる筆力は凄い。この小説の場合は、戦争直後の満州開拓団の凄惨な悲劇、その後の中国残留孤児の想像を絶する苦難、文化大革命の言語に絶する理不尽さ、その流刑地でのこれでもかと襲いかかる辛苦、そして日中合作事業の上海宝山鉄鋼工場の建設の困難な道のりなどのテーマが、それぞれに非常に重たいが興味深く、読者をどんどんと引っ張っていく。

そして、上記のテーマごとに膨大な取材に裏打ちされていて、書き込むエピソードや、事件は具体性がある。それが迫真性を感じさせる。
一方、作者は読者へのサービス精神も豊富である。恋愛は入れる、友情は入れる、夫婦愛は入れる、権力闘争は入れる。もちろん負の側面の嫉妬、僻み、嫉み、裏切りも入ってくる。金銭欲、権力欲も醜く描かれている。ここに、中国中央政府の政治闘争も入れているスケールの大きさだ。宝山鉄鋼所建設の大プロジェクト完成までのドラマも入る。こういうところは少し外連味(けれんみ)が多すぎる感じもする。

主人公陸一心は、開拓団の子に生まれ、終戦時に惨劇に遭い、母は殺され、妹とは生き別れになる。2度目の養父がいい人で教育を受けさせてくれて、鉄鋼の仕事につくわけた。

主人公を取り巻く人物も、養父陸徳志は小学校の先生で実に立派な人物、後に妻となる女性は看護婦だが、これまた実に誠実、質素で心のきれいな人物、人民解放軍に入隊した友情に厚い友人や、後にその妻となる陸家の姪も親戚の中で唯一、主人公に同情的な良い人間として描かれる。養父の妻もいい人だ。こういう人物の登場で、読んでいてホッとするところがある。
そこに金にまみれ、権力欲に取り憑かれた悪人や保身に汲々としている人物などが次々に登場して主人公を困らせる。悪役は悪役らしく、そして善玉は徹底的に善玉として登場する。脇役にも主人公に流刑地で羊飼いをしながら主人公に日本語を教えた元華僑など印象的な人物が出る。

高官の娘は魅力的な女で悪役となるが、最後は主人公の為になる。こんな人物設定もある。中国の高官、日本の宝山鉄鋼所の関係は匿名だが、実名がわかるような匿名であり、これまた興味深い。

山崎豊子の小説が映画化、TVドラマ化される理由がよくわかる。

日本は満州への移民を開拓団として募集し、それに応募した一家が、戦争末期にソ連の侵攻を受け、関東軍は置き去りにし、これら人々はソ連軍に殺される。満州開拓団は、日本国から追い出され、関東軍から棄てられたわけだ。
中国人も農地を日本移民によって取られているから日本人に厳しい。また欲もあるから日本人の子をさらい売り買いする。売られた日本人はそこでの養父母の扱いで大きく境遇が異なる。陸一心ははじめひどいところに売られる。妹の売られた先は悲惨なところだ。

後に小学校の先生をしていた陸徳志、淑琴夫妻に養われ、高等教育まで受けさせてもらうという幸運に恵まれる。そこで後に人民解放軍に入隊した袁一力との友情、養父の甥からのいじめ、姪からは好意をもたれるなどの物語が続く。
こうして大学まで進学する。そして鉄鋼のエンジニアになる。そこで文化大革命、密告社会の中で、日本人の子であることがわかり、批判をされ、僻地の労働に追いやられる。そこでの想像を絶する労苦だ。

病気で巡回看護婦-この人の父も文革でひどい目にあい、自殺している-に巡り会い、同情してくれて実態がわかり、養父や友人の尽力で助けてくれる。後にこの看護婦と結婚する。

上海で宝山鉄工所の建設という大プロジェクトが発足する。双方の軋轢の中でこのプロジェクトの完成に向かっていく。そこでのトラブルも次から次へと想像を絶するものだ。

ここの松本所長は満州開拓団として入植し、終戦時は日本にいたから助かったが、妻と子供の消息は不明である。
妻の巡回看護の課程で、やっと行き分かれになった妹の消息がわかる。ひどい生活を送っている。そこに残留孤児捜しで、松本所長が来て、陸一心が実の父とわかる。一方、妹は薄幸な人生を閉じる。

松本所長と陸一心は一部の上司を除いて、実の親子だということは知られないようにプロジェクトを進めていく。
その中で、ある事件がきっかけで、陸一心が日本側に機密を漏洩しているとの疑いがかかり、また左遷される。

こんなストーリーで小説は進んでいく。中国残留孤児に手をさしのべない日本政府に対して、ここでも日本に棄てられていると訴える孤児の叫びも印象的である。国が満州開拓民として棄てる。関東軍からも棄てられる。そして孤児になって日本政府から棄てられるというわけだ。

山崎豊子全集(全二巻)の最後に、この小説に関する作者のエッセイが掲載されている。(上)の方には「巴金先生」、「”虱”だらけの指導者・胡耀邦」、「「靖国批判」の中の北京」、「『大地の子』取材日記」が掲載され、(下)には『大地の子』と私の闘い」、「巴金先生の一言」、「胡耀邦さんにもう一度会いたい」、「『大地の子』中国に還る」、「戦後はまだ終わっていない」が掲載されている。

巴金先生とは文革でひどい目にあった中国の小説家のことであるが、これらエッセイには、困難な取材に便宜を図ってくれた胡耀邦氏との交流が、非常な感謝の念を持って書かれており、感動的である。



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