「武士の奉公 本音と建前」 高野信治 著

副題に「江戸時代の出世と処世術」とあるように、泰平の世になってからの武士の奉公に関する資料を集め、読み説いたものである。各種資料を幅広く集め、バランスよく執筆している本であるから、面白いというものではない。

江戸時代になると、本来の武士の働きである「戦功」が立てられなくなる。武士身分の中でも、先祖の功で定められた家禄・家格(家の位置づけ)という身分上の縛りがあった。
こうした中で出世をしたい武士がいる反面、働かなくても同じだと言うことで、遅刻や欠勤、遠国への勤務の拒否という武士もいて問題になったことも書かれている。

出世を目指す武士の方は、「奉公・勤務の実態」=精勤度合い、「人間関係」=有力者との縁故の強さ、「人柄」=誰にでも、特に有力者に好かれる性格の良さ、「能力」=藩校や師範などの教育面の実力、勘定方に必要な実務能力、「奉公の年数」=本人の家自体が新参者だと、忠に薄いとして避けられた面もある→戦国を生き抜いてきた藩主などは裏切りを警戒するから、このような譜代重視の考え方も強い、それに「上司への諂い」=ゴマスリ、賄賂、「協調性」=人柄の一部だが、周りに嫉妬されて告げ口などされないような慎み、秩序感覚、協調性などが大事だった。

「功」(功績)によって周囲が押し上げてくれる出世が、「位」を目指す出世(手段を選ばなくなり、公私混同になる)よりも望ましいあり方だとする意見もあった。

武を軽視して文に走ると、軽佻になり、飾るような生き方になって良くないと言う意見もあったようだ。「名」(名誉)の追究はともかくとして、「利」に走るのは問題という意見もある。ただ「利」=私欲がやる気の元という面もあったようだ。

能力の客観的判断材料として、試験を実施はいいのだが、試験で不名誉な目にあわせると武士の体面=家の名誉を汚すことになり、大きな問題だということもあったようだ。一方で、このような試験で登用するのが当然という考え方もあった。

江戸時代に行われた養子制度は人材登用の手だったが、これも、武家身分の中の家格の制約から誰でもを養子にできるというものではなかったようだ。

今の日本の企業社会と同様に、人材登用の基本的考え方は社会共通だが、会社(各藩)ごとに、伝統や実際の人材状況などから、人材登用の重点の置き方は、それぞれだったようだ。


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