高野山と吉野の旅②-開創1200年の高野山-

昔から高野山には興味があった。なんであのような場所に大きな寺があるのだろうという地勢的興味は、バスで登り降りをしただけであり、また現地でもメインの通りを散策しただけであり、今でもわからない。
パンフレットに八つの山に囲まれた蓮の葉状の盆地で、聖地にふさわしいと書かれているが、蓮の花状とは地図を見ても理解できない。
往時の中心地:奈良・京都に近い山岳霊場ということもあると思う。ちなみに、ここは神道の地主神:丹生都比売(にふつひめ)を篤く祭ってあり、興味深い。修験道の影響もあるのかなとも感じる。

奥の院は、今でも弘法大師が生きていらっしゃることを前提に、ご供養が続けられている御廟と、その前のお堂、その地下には納骨堂のように、多くの寄進者のお名前が掲示されている場所がある。100万円でお名前を棚に、200万円で灯籠などにお名前と聞いた。昔は石の小さな塔、像を供養したようで、それが現代の工事の過程で地下から掘り出されたものがピラミッドのように山積みされている塚が2箇所ほどある。
大師の御廟の詳細はわからないが、特に豪華な造りでもない。

ここに向かう参道に、石の墓石、供養塔が林立している。皆、大きなもので、結城秀康夫妻は石の霊屋として2棟残っている。これらの石は、下の川まで運び込まれ、山に持ち上げたようだ。家康がここに墓所を造るように全国の大名に命じたと聞いた。こうなると大名間の競争で規模は大きくなる。
現代の企業や、お金持ちも社員の物故者の墓、供養塔をたくさん建てている。同様に競争意識が働くのだろう。私などは企業の供養塔に違和感を持つが、宗教はそれぞれの考え方である。妻が広告宣伝の一種ではとつぶやくのも一理ある。

奥の院には大きな杉が何本も生えていて、立派である。カンボジアで「石は瓦礫になっても残るが木は残らない」ことを認識したから、石の供養塔なんぞに負けないで欲しいと思う。まだ苔には早い季節だが美しく覆っている。

金剛峯寺は表門に入る所に、大きな水桶を何個も置いてある。これは昔、武将が参詣した時に、馬に水を飲ませるためだったようだ。杉の葉を固めたものが桶の前にあり、水飛沫を吸収したのか。
お堂は、それぞれの部屋の襖絵の説明を受けるが、暗いし、遠くからの拝見であり、よくわからない。豊臣秀次の切腹の間(柳の間)が印象に残っている。ちなみに高野山は豊臣秀吉には好意的である。焼き討ちを免れた為のようだ。
屋根の上に置かれた防火用の水桶は、火災時にひっくり返すもので、今では珍しいものである。高野山は雷が多く、火事が多かったようで、建物は新しいものが多い。ただ、中の仏像類は運び出しており、古いものが大半だ。
ここは、寺院内の生活(例えば台所、釜、暖房施設、野菜保存の棚=鼠除けの幕付き)の様子が伺える見学コースになっており、面白い。

金剛峯寺の境内にある石庭の「蟠龍庭」が印象的だ。2匹の龍に見立てた石が、建物を守るように配置されているのだが、龍に見立てる具象性に竜安寺などに比較しての底の浅さを感じるが、雄大で良い庭だと思う。ただし見学コースから眺めるのはベストではないと感じる。

壇上伽藍は金堂、根本大塔、東塔、三昧堂、不動堂、西塔、荒川経蔵、明神社などの建物が残っている。建物で古いのは不動堂くらいだそうだ。四隅の造りが違う建物で面白い。塔は全体に石山寺の多宝塔のスタイルであるが、西塔は古色があり、感じの良いものだ。
金堂で高野山開創1200年記念の御開帳で、昭和9年の1100年御遠忌時に再建された御本尊=高村光雲作が初めて開帳されていた。白く、新しい感じの仏様であった。ここで法要した残りのおまんじゅうを人混みの中で2個運良くいただくことができた。別に変わったまんじゅうではなく、普通のだ。

この裏に三鈷松が植えてあり、弘法大師が開山の時に唐で投げた三鈷剣が引っかかったという伝承がある。今は何代目かの松だ。松葉だが、葉が2枚でなく3枚であり、これが珍しいそうだが、見上げてもよくわからなかった。

夜はライトアップがあり、出向く。新しい建造で、その分彩色がきれいな根本大堂の塔がきれいであった。

夜は霊宝館に出向く。平安期の木像(不動明王の立像?)が逞しく迫力があった。快慶作の四天王立像は生き生きしていてすばらしい。快慶の孔雀に乗った孔雀明王像も美しい。運慶の八大童子像も、その人物らしい感じが性格まで出ているようでさすがである。木造の館で空調施設を入れていないとのことで、足の先から冷気で寒い。
御神宝として奉納された大太刀が4振程度展示されていた。作者は紀州の鍛冶簀戸国次だ。地鉄は荒れている感じもした。その一振は保存の為に刀身全面に黒漆が塗られていた。長く保存するには良い方法だと改めて思う。

泊まった宿坊は前田家に縁のある高徳院だ。ここは庭が小堀遠州作で重文に指定されているようだが、池周りや池の中の石などは京都天竜寺の庭と似ている。建物と池との間の空間には何の木も石もなく、モノ足らない。本来の姿と違っているのかと思うが、どうであろうか。
奥の山側には馬酔木の大きな木があり、花を咲かせていた。
ここの精進料理の夕食、朝食は美味しかった。野菜の天ぷらなども出て、従来のイメージの精進料理という感じではない。若い坊さんが給仕をしてくれる。

前に記したように、電車事故の中を不思議な流れで来られたわけであり、大師様への御礼も兼ねて、先祖代々の供養をお願いし、翌朝のおつとめに出て、御住職に名前を読み上げていただいた。朝のおつとめは参加自由だが、出席されていた方が多い。



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