「浮世絵は語る」 浅野秀剛 著

この本は浮世絵1枚ごとに、書かれた題材、書かれた時期などを研究する方法を、例を出して解説したものである。「なるほど」と思うが、オタクの世界である。

例えば歌麿の「当時全盛美人揃 越前屋内唐士」という浮世絵を取り上げ、この制作年代を特定する方法であるが、次のようにする。
①絵の中からの情報(版元印から若狭屋与市、人物は唐士という名、この遊女のキモノの家紋など、団扇に書かれている狂歌とその作者、キモノは夏物か冬物かなど)を把握する。
②同類の作品(このシリーズの他の作品、同じ遊女を書いた他の作者の作品など)を集める。
③当時の版画の制作経緯(入銀物としてスポンサー付き出版がポピュラーでスポンサーとはこの場合、馴染みの客、あるいは遊女屋の主人)を探る。
④同時代の他の出版物等の情報を集める。

唐士とは吉原の江戸町一丁目の越前屋喜四郎抱えの座敷持ち(遊女の格の一つで高級な遊女)と呼ばれる遊女の名(源氏名)である。店ごとに代々に同じ名が受け継がれることがある。

以上のような①から④の情報を集めた後に推理に移るが、③から、この作品はスポンサー付きの出版で、そのスポンサーは画中の団扇に書かれている狂歌から栃木の狂歌師・川船棹長とわかる。棹長は寛政元年や寛政四、五年頃、寛政七年、寛政十年に刊行した他の浮世絵にも画中に狂歌を入れている。

④の情報の一つに、当時、春と秋に出版されていた吉原のガイドブック「吉原細見」(吉原の廓内の妓楼、揚屋、茶屋などが町並みごとに記載され、また妓格によって分別された遊女名がその所属する妓楼ごとに記されている絵図、または冊子)が書かれている。

②として、この歌麿の美人揃シリーズを調べると、小異があるが10枚刊行されていることがわかる。
そこで、このシリーズに書かれている遊女名を、狂歌師・川船棹長が活躍していた寛政3年から寛政10年の「吉原細見」で確認すると、寛政六年春の「吉原細見」における遊女の名とシリーズに取り上げられている遊女の総べてが一致する。
こういうことでこの浮世絵は寛政六年頃に刊行されたと推理するそうだ。

こんな調子で、他の美人画、それから役者絵(役者の定紋、替紋、芝居の「役割番付」、当時の役者の動向、歌舞伎の上演記録として『歌舞伎年表』、その他歌舞伎研究書などから刊行年代、その絵のシーンなどを調べていく)、名所絵(特徴ある建物の建設年代などの景観年代がわかる情報は少ないので同時代の他者の絵、広重は現存するスケッチ帳など)の検証方法を例示していく。
マニアックな本で、それなりに面白い。




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