「歴史を学ぶということ」 入江昭 著

著者はシカゴ大学、ハーヴァード大学で歴史学の教授として長く勤めた人物である。はじめに、著者の自叙伝的な話がある。10歳で終戦、米国に留学してハヴァフォード大学に学び、そこでマッキャフリー先生に出会い、歴史の面白さに目覚め、ハーヴァードの大学院で更に学んで、米国で大学教授として教えるに至ったことが書かれている。

それから、著者の歴史研究の軌跡として、どのような歴史研究をしてきたかを簡単に紹介し、歴史学と現代とのかかわりを論じている。最後に歴史を学ぶ為の本として、著者が推奨する書が挙げられているが、これが興味深い。

歴史を学ぶということは、過去の出来事を型どおりに整理することではなく、過去と自分との対話を重ねることで、その対話の過程では他人の著作ではなく、自分で資料を読むことであると、著者自身の歴史学に対するスタンスが書かれている。

国際関係史を教えるだけに、自分の国を相対化して見ることが大切で、自国の歴史が他国の人の眼にどう映るかを意識しなければいけない、そこにおいて自分の国の歴史は比類なくユニークという例外主義は極力避けることと書かれている。

外交史は対外政策の根底にある意識や思想を分析してはじめて理解できる。また国際環境の中での位置、役割などにも注目する必要があると述べている。

具体的に例えば日米関係は、ペリー来航以来、きわめて良好な関係だったが、徐々に悪化していく。日米が時を同じくして帝国主義国家に仲間入りし、日本が台湾や朝鮮半島、アメリカがハワイやフィッリピンに関与。その均衡が崩れると、対立が生まれる。日露戦争後に日本が満州に進出したり、ロシアを破った海軍力に対してアメリカが脅威に感じる。そこに移民排斥運動もはじまり、関係は悪化する。この頃に米国は中国のナショナリズム、民族主義、反帝国主義運動に共感していき、なおさら、その中国に侵出する日本を不快に感じていくというわけだ。

過去の歴史について事実は一つである。しかし、解明された事実をどう意味づけるかは別である。過去に対する事実は一つでも見方は変わる。この見方は現在に対する認識、今後、どのようにしたいかという意思で変わるというのも興味深い。この時、ナショナリズムは障壁になるから、学問・言論の自由はナショナリズムからの自由、解放が大切と説く。

歴史を学ぶ為の本として著者は歴史の本ではなく、モームの「人間の絆」、ミルの「ミル自伝」。リースマンの「孤独な群衆」、ギボンの「ローマ帝国衰亡史」、ホイジンガー「中世の秋」、ブローデルの「地中海」、諭吉の「文明論之概略」、トクヴィルの「アメリカ民主主義」、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」、永井荷風の「あめりか物語」、トルストイの「戦争の平和」などが挙げられており、なるほどと思う。




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