「二子山則亮考」 佐藤寒山監修 日本美術刀剣保存協会名古屋支部

これは鐔の古書である。尾張の鐔工:二子山則亮の作品を写真で紹介し、銘の見方(それほど詳しくないが)や、経歴、作風を書いている。面白いのは「則亮作事手控」という史料を全て紹介している点である。

この「則亮作事手控」は、初代則亮が天保11年春から嘉永4年までの作品の押形・原図に注文者、寸法、画題、作鐔上の注意事項、製作年月日を克明に記したものである。これを二代が受け継ぎ、二代がさらに自作を書き加えたものである。3冊に分かれている。二代がこれを受け取る時に「他へは見せない」ことを誓った文言も書かれている。
「注文覚書」であり、注文者の筆頭は尾張藩で「御用」と特記。多くは大小一揃いになっている。他に注文者として滝川、津田、大津、室賀、長坂等の名がある。2代には鳴海の酒造家で尾張俳壇の一中心の千代倉こと、下郷氏の注文が初代の後期から二代にかけて相当にある。源氏五十四帖や家紋の蝶をデザインしたものなど斬新な意匠のものが多い。

二子山則亮には二代あり、初代は丹羽氏。天明2年(1782)に生まれ、嘉永5年(1852)に71歳で逝去。尾張藩御用を勤めるが、経歴、師承は不明。一説に尾府住則次という作品が祖とも考えられている。
二代は岩田氏(本姓は伊藤)、文化14年(1817)に生まれる。嘉永4年35歳の時に、二代目を名乗る。前銘は則茂、晩年は是好。明治16年(1883)に没する。

ともに俳諧を嗜んだようだ。子孫は明治になって金型師に転じて、時計の金具等を製作したようだ。則亮の一門として十人ほどの名をあげている。

初二代とも、写し物も得意とし、金家、信家、山吉、法安、金山、柳生、貞広、埋忠、記内、明珍、天法、萩、伊藤、南蛮等を、更に二代は安親に到るまで巧みに写している。とくに信家、山吉、柳生等の写しは多い。「出来無類」と自讃しているのもある。

自作は、親交があった画家の森高雅、渡辺清等の下絵によるものもあると言う。二代は独創的な画題も多い。刀工光定や道暁の鍛えによる鍛肌の作品や明珍宗邦や松雲斎瓜生恭道との合作、広房、信高の刀身彫りや小柄、目貫、縁頭等の作品もある。

初二代の銘の違いも記してある。

掲載されている図版の中では菊の図を彫ったものなどが良いと感じる。菊の縁頭などは幕末の肥後金工の作品と同じような緻密に彫ったものがあり、時代の共通性を感じる。

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