「攘夷と護憲「歴史比較の日本原論」」 井沢元彦 著

推理小説家でもあり、歴史にも一家言がある井沢氏の著作であり、幕末に吹き荒れた尊皇攘夷運動と、現在の護憲運動の共通のメンタリティを指摘している。一理あると思う。「現実を見ないこと」、「教条主義的で一つの考え方を信じ続けること」などは昔から変わっていないと私も思う。

まず、日本の防衛を考えた時に、海に周りを囲まれていることが大きな利点となっていたとする。元寇を防げた一因として、当時の船には多くの馬まで詰めないから、モンゴル軍が得意の騎馬戦を展開できなかった為と書く。この通りであろう。

安土桃山期にキリスト教を先兵として、イスパニア、ポルトガルの大船が来襲しなかったのは、当時は帆船であるから数百人の人間しか詰めないこと、インカなどは鉄砲も無かったが、当時の日本には鉄砲もあり、戦国を経た20万人の武士がいたことなどである。
中国の明は、その少し前の時代に倭寇に攻められていて、侵攻の恐れは無かった。

黒船来航の前から、周りにくる外国船を見て、知って警告をならす人物はいた。林子平は1791年に「海国兵談」を書くが松平定信によって版木を没収される。その前に工藤平助が「赤蝦夷風説考」を書き、それで田沼意次が蝦夷地開拓に着手する。
それから渡辺崋山、高野長英が警告をならすが、蛮社の獄でつぶされる。

ロシア、アメリカなどはモリソン号で漂流民を届けたり、日本政府と接触しようとしていた。オランダも幕府に忠告をしていた。だけど何もしなかった。そしてペリーの来航となる。翌年、日米和親条約となり、その後、金と銀の交換比率の諸外国との差をつかれ、外国に金が流出し、もの凄いインフレとなって庶民が苦しむ。

尊皇攘夷の思想の形成過程は、熊沢蕃山や山鹿素行が、日本の方が万世一系であり、中華だという思想を提示する。それから朱子学が入り、幕府の儒学となる。朱子学は原理主義で空理空論にも名目論で大事にする面がある。国学も排他的な要素を持つ。特に平田篤胤は外国の文化は汚らわしいとする。

幕府は「その場しのぎ」(ぶらかし)、「先送り」に終始する。薩摩と長州は外国と実際に戦争して、攘夷が現実的でないことを知る。現実を見て、考えを改め尊皇倒幕となる。

「空理空論で反対意見者を弾圧する」、「先送り主義で真剣に対案を考えない」、「現実を見ない」が幕末の尊皇攘夷の病理。これは今の護憲に通じる。

「自衛隊がいる」そして「自衛隊はある面で必要」が現実。これは憲法9条に反するから改定しようと当然の考え方。
憲法9条があったから、戦後に侵略を受けなかったのではない。これは冷戦の狭間でアメリカに警備してもらっていたからに過ぎない。今のようにアメリカが世界の警察官をやめつつあれば、それに備える必要がある。
また、今の憲法を、それほどありがたがる理由はない。当時のアメリカが日本を骨抜きにするために作ったものと言うのが著者の論であり、私もそう思う。




ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 4

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
面白い 面白い 面白い

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック