「歴史小説の罠」 福井雄三 著

この著者の『「坂の上の雲」に隠された歴史の真実』(http://mirakudokuraku.at.webry.info/200909/article_10.html)を以前に読んだことがあるが、主張している内容は、それと同様であるが、少し詳しく、それなりに面白い。
この著者が、たかだか小説に過ぎない司馬遼太郎の著作に対して、目くじら立てて反論する理由が少し理解できた。著者は俗に言うところの自虐史観に対する反感があり、司馬遼太郎は「明治の栄光、昭和の破滅」を基調に自虐史観だとしている。そして、その小説の影響力の大きさ、特に明治期の小説は単なる時代小説にとどまらないとして反論しているようだ。後者については、確かに司馬遼太郎の作品には小説の途中に「子孫の誰それの家に伝わった文書に」などと、史実らしい表現が盛り込まれている面があり、危険なところはある。

著者が司馬作品に対して、反論している内容は、それなりに納得できる。
「乃木将軍は愚将ではない」…著者は司令官としてのぶれない精神も評価しているが、私も司令官としての資質や人格に対して、高く評価すべきと思う。
「旅順要塞攻略は203高地だけの奪取では駄目」…これも一理ある。海軍は港にいる艦船が問題だろうが、陸軍としては満州にとっては背後になる旅順の兵は気になると思う。
「海軍善玉、陸軍悪玉はおかしい」…私も、この点については賛成する。前の戦争は海軍の戦争で、博打好きな山本司令長官、それに嘘の戦果報道(この為、すでに負けて意味のなくなったガダルカナルを死守)という指摘は一理ある。この本で知ったが、1933年に海軍軍令部が軍令部に改められ、陸軍参謀本部と同格になり、これによって陸軍とは別の独自の国防戦略が策定できたというのは大事なポイントかもしれない。兵力の少ない方は攻めるより守るを重視すべきなのに太平洋全域で攻勢に出た失敗などは著者の言う通りだと思う。

著者は、司馬遼太郎は基本的スタンスとして「明治の栄光、昭和の破滅」があり、昭和の破滅につながる人物として乃木と、その参謀の伊地知の無能説、その前の西郷、桐野の無能説があり、それが昭和軍人の無能としてノモンハンを書きたかったのではと推測している。だから司馬遼太郎にかわって「ノモンハンの夏」を書いた半藤一利も批判している。

ノモンハンについて、著者は最近、旧ソ連の資料が出てきて、新研究が出て、ノモンハン事件は、実は日本軍は負けていなかったことがわかったとして、半藤氏の上記本を批判している。数値は日本軍は2万数千の兵の内、17405人が死傷。ソ連軍は23万の兵の内、25565人が死傷というものだ。
死傷者の数はソ連の方が多いが、残余の数からして日本軍はこれ以上の戦いはできなかったと思う。悪役の辻政信の著作「ノモンハン秘史」に、辻自身が「ノモンハンの惨闘」と記している。
日本軍が、この後南進論になったように、ノモンハンで痛手を受けたソ連は、参戦が遅れ、その結果として日本が南北に分割されなかったと書いて、再評価をすべきというのが著者の論点である。

著者が批判する自虐史観の元として、東京裁判における「平和に対する罪」というもののおかしさを指摘している。私もこう思うが、だからと言って、当時の指導者が400万人ほどを死においやった戦争の責任がないということにはならないと思う。死刑になった人は罪名には納得してなかったかもしれないが、責任を取って死を受け入れたと思いたい。当時は日本人が戦争の責任者を裁く状態にはなっておらず、連合軍が勝者の裁判をしたのも仕方がない。

こう書くと、お前も自虐史観と言われそうだが、私は刀剣を愛好しており、学生運動華やかなりし頃から右翼、保守反動と言われてきた。左翼などは昔から大嫌いだった。こんな議論よりも愛好している日本美術を通して、世界に冠たる日本民族の美意識を守っていきたい。
ちなみに司馬遼太郎は昔からの愛読書で、司馬遼太郎全集を読了している。


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