観楽読楽−観て楽しみ、読んで楽しむー

アクセスカウンタ

zoom RSS 「おれは清麿」 山本兼一 著

<<   作成日時 : 2014/08/08 13:57   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

幕末の名刀匠:源清麿を主人公にした時代小説である。時代小説の主人公にしては史料、作品資料などが多すぎるから、作者も苦労されたのではなかろうか。読む方も同様だ。作品や経歴を知っているから、素直に物語の世界に入っていけないところがあり、いつもの時代小説のようには楽しめない。なお、この小説では、近年、研究が進んできた清麿と長州藩、特に村田清風のことなども取り入れている。

以下は、刀剣愛好家で清麿のことを少しは知っている私の感想である。刀剣のことなどは知らない人が読まれたらまったく違う感想を持つのではなかろうか。

著者の描く清麿は、刀鍛冶として天性の資質がある人物として、あまり刀鍛冶としての作品づくりの苦労は書いていない。選ぶ鉄材料の良し悪しと、その時に気構えがしっかりすれば、名刀ができてしまうような感じである。
人間的には、男前で女に好かれるとして、前半は、いささか女性関係にだらしがない感を与えるが、後半の江戸の生活においては、純情路線に転じる。女性に関しては、破滅型でもマイホーム型でもない清麿を著者が描きたかったのかもしれないが、いつもの調子で時代小説を期待すると、戸惑う。

刀鍛冶と弟子の関係は濃密ではなく、サラッと書いている。別に書かなくてもいいと著者は判断されたのだと思うが、弟子との葛藤、教え方の苦労、各弟子のことなどには詳しくは触れていない。

恩師窪田清音との関係は、さすがにうまく書いているように私には思える。長州藩の村田清風や西涯とのことなども上手にこなされている。一方、斎藤昌麿のことは、そんなに深くは書いていない。この程度の書き方だと清麿の名の麿を斎藤昌麿からいただいたということが本当だろうかと思ってしまう。

刀鍛冶の作刀過程は、丁寧に詳しく書いてあり、著者の取材の姿勢が偲ばれる。一緒に鉄を鍛え、沸かしているような気にもさせる。著者の筆力である。

17歳の時に、長さ3寸7分の小烏造りの短刀を鍛える。そして、この出来は見せる人、全てに褒められる。これだけは最後まで保持するというストーリーだ。刀剣愛好家としは、長さ・体配に違和感を覚えるのだが、この小刀が最後の最後に働く。こういうのは、いかにも小説的であり、なるほどと思う。

清麿の腕について、古名刀と匹敵するような感を持つように書いているが、私などはそこまではという感を持つ。もっとも今の価格は古名刀に並ぶが。

こういう本で、刀剣に興味を持ってくれる人が増えるといいと思う。



テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
「おれは清麿」 山本兼一 著 観楽読楽−観て楽しみ、読んで楽しむー/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる