「鉄の華」展 於刀剣博物館

刀剣博物館で11月10日までの会期で、「鉄の華」と銘打って、国宝、重要文化財の刀剣を展示している。日本美術刀剣保存協会が、10月末に東京で全国大会を開催するが、この時に、国宝、重要文化財は展示施設等に制約があるから、刀剣博物館に於いて陳列するとも聞いている。

国宝が3振、重要文化財が7振の計10振が刀剣の展示で、他は鉄鐔が中心の展示である。国宝・重文は協会管理のものが中心だと思うが、これまでに拝見したことがあるものが多い。もちろん、拝見と言っても、私などは手に取っての拝見ではなく、ガラス越しであり、どうしても地肌の方はわからない。また差し裏の状態もわからない。それでも刀剣博物館は、採光がよく、刃文は観やすい。国宝の来国行、重文の正恒、信房、福岡一文字、二王清綱の短刀など、いつ拝見しても素晴らしい。いかにも、その刀工らしい作風で、健全なものばかりだが、清綱は二王の作風イメージを一変させる。上半に肩落ち互の目も交じり、中程からハバキ元にかけては丁字刃で足がよく入り、逆がかる刃も交じる。それが匂口深く、明るく、小沸出来の良いものである。『日本刀の掟と特徴』に二王は行光に見違うものがあると書かれているが、備前と青江に相州伝をかけたような出来で美しい。以前に代が下がる二王在銘の良い短刀を拝見したことがあるが、二王は良いものがあると改めて認識する。

今回の展示の圧巻は、金家の鐔である。鉄鐔が系統立てて、普段は刀を並べる場所にも陳列している。だから照明が暗い箇所もあり、信家の後半に陳列してある鐔はよくわからない。
金家が11枚も陳列されているのは圧巻である。内5枚が重美である。重美よりも凄いものがあるところが金家の水準の高さとも思う。城州銘から山城国銘と古い順に並べてあるが、城州銘は拳形に耳を無造作(実際は天才が吟味しての打ち返しと思うが)に打ち返しているが、2枚ともに同じ形であり、改めて「なるほど」と思う。
金家にも2代説、3代説があるとも聞いているが、私はよくわからない。ただ、こうして拝見すると、後半の3枚は厚さもある感じで、特に内2枚は形もかたい感じで、時代が少し下ると感じる。
城州銘の1枚は、私が以前に「金家錆」と感激して、私のホームページでも記したものだが、愛玩されたのであろう。鉄がそもそも良いから、錆び色は良くなっているが、感じは残っている。
金家とか信家となると、茎孔の調整や、櫃孔の埋めに、赤銅や金、あるいは銀を使うことがある。好みだと思うが、金家、信家の風情と金、赤銅が合わないと感じることもある。

もう一つ、柳生鐔の良いもの、これぞ柳生連也の柳生鐔の本歌と思える鐔が3枚陳列されているのがうれしい。こういうのと比べると、巷で見る鋳物のような地鉄の柳生鐔は写し物で、人気が高かった尾張藩で2期、3期と写して、地元では御流儀鐔と称された類のものなのだと思う。中にはさらに後のものもあるのだと思う。

肥後、赤坂の鐔もあるが、埋忠明寿の組香図鐔もさすがと思えるものだった。金工鐔と分類されているものでも、地が鉄地のものは幕末に至るまで陳列されている。だから安親や夏雄も東龍斎もある。このあたりは一流工だけのことはある。

展示を観ていたら、聞き覚えのある声がする。なんと私の古くからの知人で、刀装具で私が一目置いている人が来場されていた。だから、この方と話をしながらの展観であり、あまり熱心には拝観していない。帰りに喫茶店で3時間近く、お話をして、楽しい時間を過ごした。
なお、入場者は私がいた時は5人程度であったが、内女性が2グループ、3人いた。女性ファンも増えてきたのかと楽しく思う。

展示の解説で、「京透かしの古いものを平安城透かしと呼んでいる」と明記してある。協会は平安城透かしという言葉を使っていないと認識していたが、最近は変更したのであろうか。私自身は、平安城透かしを復活した方がいいと思う。時代区分がつきにくいと言うが、時代区分のつきにくい正阿弥も、桃山以前のは古正阿弥と言っている。大五郎は別の区分しているようだが、室町から江戸中期くらいまで京透かしでは、いかにも広過ぎると思う。

もう一つ、国宝の来国行の解説の中で、「国行は年紀作が無い」と明記しているが、「延慶二□□□十三日国□」(□は判読しにくい)と銘がある出来の良い太刀を重要刀剣に指定している。これは国行と認識されていると考えていたが、協会は国行とはしていないのであろうか。

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