「信家鐔 付・中村覚太夫信家鐔集」 刀剣春秋新聞社編

これは秋山久作が註を加えて、戦前に南山社から刊行された「中村覚太夫信家鐔集」を復刻して、それに当時の研究者が信家に関する論文をつけて出版されたものである。
当時の研究者とは勝矢俊一、若山泡沫、小窪健一、笹野大行、福士繁雄、長谷川武の各氏である。

改めて通読した。論文では勝矢俊一氏が、信家鐔におけるキリシタン文様から、信家の時代を明確にして、明珍信家説を葬りさり、銘も放れ銘と太字銘に大別したものが出色である。
今の研究はこの論文を出発としている。

補強する意味で甲冑研究の長谷川武氏が「鐔の信家は甲冑師信家と異なる」を載せている。他では、小窪健一氏が「『中村覚太夫信家鐔集』と中村覚太夫」として、中村覚太夫の事績を調べているのが興味深い。
秋山久作翁は、中村覚太夫は享和頃から天保頃までに生存していた幕臣で、身分はさほど高い人ではなかったと推測しているが、小窪氏は、中村八太夫という家が幕臣にあり、身分は低いどころか高く、武蔵下総代官になり、700石の身分となったと武鑑より調べている。天保14年に97歳で没している。(ここに納められている若山泡沫氏の論の中では39歳で家督を相続して3966石を知行したとある。700石は役料だけかもしれない。)

笹野氏は、鑑賞の結果としての氏の持論から、太字銘の方が優れて、出来が良いことから、こちらを兄弟の兄の方にみている。(現在は太字銘と芸州信家の関係から、太字銘の方が時代が下がるとされているのが通説)

さて、中村八太夫の押形集であるが、142枚の信家をおさめてあり、大したものだと思う(重複もあり正味は139点)。
信家銘が切羽台の左側ではなく右側に切ったものも2点あり、色々と貴重なものである。私の「題目・生者必滅」の小鐔もそうだが、ここに掲載されているものと、同じものが今のコレクターのもとに現存しているのも貴重であり、凄いことだと実感する。

昔の信家の範疇の方が現在よりも広い感じである。昔の方が鑑定に甘かったと言えるが、今がちょっと狭くし過ぎているような感じもする。科学の進歩とは違うのだ。昔の方が、昔に造ったものに時代は近いわけであり、資料が残っている可能性も高く、昔の研究=今よりも遅れているというのは現代人の傲慢だろうと感じる。

また小窪氏の論の中に加賀信家、赤坂信家など地方の信家のことにも触れられているが、現在は、これらの地方の後代信家についてのことは聞かない。皆、偽物とされているのだろうか。

刀剣春秋社は、愛刀家にも迷惑をかけて倒産したが、こういう出版は意義のあるものだと評価したい。


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