「土方歳三 新選組を組織した男」 相川司 著

大学時代の友人で、当時から新選組オタクであった相川氏の著作である。この本は平成20年に刊行したものであるが、このたび中公文庫に収録されたのにともない、一部を加筆・修正したものとのことである。
新選組の果たした役割は、今から見ると、時代の流れに遅れた旧体制を延命させようともがいていただけの組織かもしれない。このような評は当時からあったようだが、人間の生き様ということで見ると、このような人達がいないというのも寂しい感じがする。時流に乗るのだけが人間の姿ではないと思う。徳川侍として、筋を通す人間もいなくては歴史がつまらなくなる。

土方の剣術の腕前は、若い時からの剣の修業で身についたと思っていたが、この本で、土方が13歳から約10年間、町屋奉公をしていたことを知る。そして25歳で正式に入門してから1年半で、当時の剣術者名簿の『武術英名録』に「天然理心流 日野宿 土方歳蔵」と収録されるまでになっていることを知る。

土方は後に旗本の用人だったとの噂がでるほど、そつなく実務をこなしたようだが、それは町屋奉公で身につけたものだろうか。天性の資質だったのであろうか。司馬遼太郎の『燃えよ剣』では家業の薬の生産に携わる中で身につけたようなことが書いてあったのを記憶している。
なお、この本では近藤勇も如才のない男だったことがわかる資料が紹介されている。身分制度ががんじがらめの世の中で、このような組織を作り、会津藩お抱え、幕臣と地位をあげているわけであり、実際、こうだったのだろうと思う。

土方は軍事の統率者としても優れていたことは間違いがないようで、江戸から脱走して箱館戦争に従事した時には陸軍奉行並にまで出世している。宇都宮城の攻防戦など、実戦でそれなりの実績を上げているのを知る。
組織感覚があったことは相川氏も、司馬遼太郎も書いているが、一例を挙げれば、土方が軍律を厳しくしたこととか、命令系統の一本化に拘ったことは、戦う組織においては不可欠なことだと改めて思う。

私は相川氏の『新選組隊士録』も読んでいるから、新選組内部対立(例えば洋式調練の賛成派と反対派、天然理心流の生え抜きと食客)の構図や、御陵衛士伊東甲子太郎派を分派した理由など、相川氏の言わんとする所を知っているが、はじめて読む人には新鮮な視点があると思う。また当時を生きた人の感覚ー長子相続性における次男・三男の気持ち、序列意識、身分意識などの把握の仕方は、相川氏の書かれているとおりだと思う。






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  • 「斎藤一 新選組最強の剣客」 相川司 著

    Excerpt: 新選組オタクでもあった相川氏が新選組の隊士を個別に取り上げた本であり、「土方歳三 新選組を組織した男」(http://mirakudokuraku.at.webry.info/201303/artic.. Weblog: 観楽読楽-観て楽しみ、読んで楽しむー racked: 2014-08-02 15:04