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zoom RSS 「華麗なるササン王朝」展 於天理ギャラリー

<<   作成日時 : 2017/10/09 08:46   >>

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今は仕事をしておらず、東京での拠点としているだけだが、会社の近くに、天理ギャラリーという天理教に関連の展示スペースがあり、年に数度、色々な展覧会が無料で開催される。無料であり、スペースも広くはないが、昼飯後の散歩かたがた拝見した。

今は標記の展覧会が開催されていた。副題に「正倉院宝物の源流」とあるように、正倉院の宝物と同種のものがササン朝ペルシャで造られていたわけで、同種の出土品、伝来品が展示されていた。

ガラス製品や、黄金の鉄剣(中はボロボロだが、外装は金で見事な直剣)や鍍金が施された各種銀器(碗、皿、杯など)である。なかなか見事なものである。またササン朝では見事な銀貨が流通しており、それらのコインも展示されていた。ペルシャ絨毯の原型も生まれたようだ。確かに「華麗なる」の形容詞がふさわしい。
なお展示物の中には、ササン朝ペルシャの器物の影響を受けた唐三彩の瓶もある。

展示の説明を読んでいくと、ササン朝ペルシャは今のイラクのクテシフォンを首都として226年から651年まで約400年続いた帝国と知る。ゾロアスター教を宗教としており、東ローマ帝国と争う。西ではシルクロードを通して中国とも交易する。
交易にはソグド人(ササン朝ペルシャの西、シルクロードの中間地の民族)があたったことが多かったようで、国際的な帝国の唐には居住地もあった。唐で胡人とされていたのが、この民族だ。なおササン朝が滅亡の時に、王子ペーローズとその軍隊は唐に援軍を求め、自らが首都の長安まで出向いたようだ。

そういうことで、日本の正倉院にも文物が伝来した。

当時の唐、都の長安は魅力的である。西域の人、西域の文化も町に溢れていたわけだ。唐三彩の焼き物には、馬に乗った女性の像があるが、騎馬の文化も西域の文化で、それが唐で流行したのであろう。

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