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zoom RSS 「悪党」 小泉宜右 著

<<   作成日時 : 2017/10/07 13:28   >>

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この本の最後に新井孝重氏が「『悪党』を読む」と言う文を掲載して、本の内容を紹介しているが、わかりやすい。
はじめに「概観 鎌倉中末期の政治情勢」として、鎌倉中末期以降の鎌倉幕府は御家人を基盤として出来た政権なのに、得宗の専制化をめざす。そして外様御家人を排除したり、御家人の領主的発展を抑制することが記される。
御家人も含めた在地有力武士は、領主化へと志向する。その延長に悪党を傭兵として組み込む者がいたようだ。

第1章では「悪党の出現」として、鎌倉末期の流通経済の発展と、これにともなう人々の動きの急速な活発化が論ぜられる。瀬戸内海、北陸の沿岸、畿内の河川におかれた湊、泊、津などでは升米、置石、目銭といった関銭あるいは津料の徴収をめぐり、寺社の勢力、在地の商人、武士らが激しく争う。
幕府の悪党に対する禁令(貞永元年(1232)の御成敗式目の32条に「盗賊、悪党を所領内に隠しおくこと」がある)や、悪党のことを記した「峯相記」(室町時代初期、貞和4年(1348)に峯相山鶏足寺におとずれ、老僧から色々と聞いた内容をまとめてあり、その中で悪党のことが出ている)に触れている。

2章では「発生地域の特質」として、畿内近国の諸荘園にふれ、そこでは上は貴族大寺院から、下は直接生産者農民に至るまで、あらゆる階層の人々が複雑な政治関係のなかで戦いを開始したことが書かれている。
交通の要衝地や、東大寺領の伊賀国黒田荘、東寺領播磨国矢野荘、高野山領紀伊国荒川荘、椎野寺領和泉国大鳥荘、東寺領大和国平野殿荘をとりあげ、荘園の内部構造に分け入って群生する矛盾のありようを説き明かす。

3章では「張本の身分と発生原因」として、悪党として、次のような3通りが具体的に例示されている。
@荘園領主(地位や利権をめぐる内部対立から悪党。四天王寺と醍醐寺では執行職と座主職のとりあいで首脳部が2派、それぞれが世俗の武力を寺内に引き入れて争闘)
A商業活動者(山僧は兵庫関で三網クラスや堅舎の肩書きの上級僧侶、下に悪党や交通要衝地住人がいて、その場限りの銭貨の強奪ではなく、兵庫関の目銭、升米徴収権を手中に)
B在地領主層(荘園を管理すう預所に、その才覚をみこまれて武士や在地の有力舎が補任。)

4章では「悪党活動の実態」として、悪党の年貢の滞納、刈田狼藉、路次狼藉、銭貨・資財の奪取、そして一荘押領、他荘への侵入などを記し、悪党の組織として、同族意識の惣領的結合、通婚関係や烏帽子親親子関係を媒介に血縁擬制関係へ移り、さらに地縁結合などがあることを例示する。

5章では「支配者と悪党の対決」として、荘園領主は@朝廷に働きかけて衾宣旨を出させ、公権力に張本を逮捕させたり、対立勢力を懐柔して悪党を戦わせるなどを行う。ただし、これは前門の虎、後門の狼になる。
A武家権力を頼ることも当然に行われる。幕府は悪党退治の遵行使を在地に派遣。そうすると悪党は他の権門に逃げ込んだり、朝廷を利用したりすることが書かれる。

6章は「悪党の終焉」では、悪党は内乱期に南朝勢力の一翼になり、やがて守護の力が伸長すると、これの被官になるか、対決抵抗する。そして南北朝中期以降は史料から悪党が減る。これは戦乱の継続と、半済令の発布によって、悪党多発の中間地帯荘園群の多くが荘園領主の手から落ちたことによる。荘園侵略の当事者=かつての悪党が武家につながる守護、国人と結び、荘園領主が訴えることは無意味となって、ことさら悪党のことを言わなくなる。



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